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「私たちは、何のために地上に生まれてきたのでしょうか?」    ー東京スピリチュアリズムサークル2021年7月の読書会に参加して=


 32度という、この時期にしては暑い中、読書会に参加しました。寒気による落雷の影響で、帰りの電車が30分ほど止まってしまいましたが、無事に家に帰ることができました。

 さて、今回の読書会は、先月に引き続き、スピリチュアリズムの思想体系[Ⅰ]の『人生観』から、「シルバーバーチの人生観」を学びました。

 「シルバーバーチの人生観」の特色は、“霊的価値観(霊的なものに価値がある)”に基づく『霊的人生観』だということです。今までの『人生観』は、“地上的観点(地上人の視点)”から見たものでした。しかし、シルバーバーチは、“霊的観点(霊界人の視点)”から見ることで、これまでとはまったく違う『人生観』を、人類に示してくれたのです。

 「シルバーバーチの人生観」には、4つのポイントがありますが、今回は、①から③までを学習しました。
・1つ目のポイントは、地上人生は、一時的な仮の人生、ということです。
 今、地上で生活している大半の人は、“人生は地上限りで死ねばすべてが終わる”と考えています。また、スピリチュアリズム初期には、霊界からの働きかけによってもたらされた、心霊現象や霊界通信により、“死後も人生は続いていく”ことが、事実として証明されました。ただし、その視点の中心はあくまでも地上であり、“霊界人生は地上人生の延長”と考えられていました。

 しかし、シルバーバーチは、霊界に視点を置いて、この見解を180度変えたのです。死後の世界である霊界から地上人生を眺めて、地上人生と霊界人生の位置づけを明確にしたのです。それが、“メインの人生は霊界人生であり、地上人生は永遠に続く人生の中のホンのつかの間の一時的(サブ的)な仮の人生にすぎない”ということです。これが、シルバーバーチの人生観の画期性の一番大きな点になります。


・2つ目のポイントは、地上人生は、霊界人生のための準備期間、ということです。
 人間にとって、メインの人生は霊界人生だとすると、ではいったい何のために地上人生はあるのでしょうか?シルバーバーチは、「地上世界は、霊界人生のための訓練場である」と説いています。人間は、神によって永遠に霊的成長をする存在として創られました。それは、霊界でも地上界でも変わりません。しかし、地上世界というのは、肉体という重い鎧を身につけ、何をするにも思うようにはならない制約の多い世界です。そうした厳しい環境の中で霊的成長をするためには、強い意志と忍耐力が必要になります。日常生活で起きるさまざまな苦しみや困難を、一つずつ乗り越えていくことで魂が鍛えられ、霊的成長の基礎ができていきます。それが、霊界での永遠の生活に備えるための準備になっているのです。つまり、地上人生の目的は、霊的成長をすること、この一言に尽きるのです。

 この真理により、人類は、長いあいだ問い続けてきたにもかかわらず、納得のいく答えが得られずにいた、“地上人生は何のためにあるのか?”・“人間は何のために地上に生まれてきたのか?”という、地上人生の目的の明確な答えを、初めて手にすることができたのです。


・3つ目のポイントは、地上人生で最も価値があるのは、霊的成長(霊的成長至上主義)、ということです。
 先ほど述べたように、地上人生の目的は、霊的成長です。地上人生も、霊界人生も、すべてが霊的成長のためにあるのです。シルバーバーチは、霊的成長の重要性を繰り返し述べています。“霊的成長が一番大事である・最も価値がある”という考え方を、「霊的成長至上主義」といいます。シルバーバーチの思想は、この「霊的成長至上主義」に貫かれていて、『人生観』もこれを中心軸にして説かれています

 これまで人間は、物質的観点から見て、モノやお金、地位や名声などを価値判断の基準とし、それらを得るために、人生の大半を費やしてきました。しかし、これらのものは、死とともにすべて消滅してしまいます。人間が霊界に持って行くことができるのは、霊的なものだけです。ですから、霊的観点から見ると、「霊的成長」がすべてのものの価値を計る基準となるのです。

 霊界では、みな「霊的成長」を基準としています。霊的成長をした人は、価値のある人生を送った人、反対に、霊的成長をしなかった人は、価値のない人生を送った人、ということです。別の言い方をすると、霊的成長度が高い人は成熟した人、そして、霊的成長度が低い人は未熟な人ということになります。真に価値ある人生とは、霊的成長を促す生き方のことなのです。


 私は、ここまでの学びの中で、シルバーバーチがもたらしてくれた『霊的人生観』によって、視野が一気に広がったのに気がつきました。それは、1階から眺めていた狭い景色が、高層ビルの屋上からの360度のパノラマに変わったような感じでした。そして、“シルバーバーチは、文字通り、人類に最高の宝物を送ってくれたのだなあ…”と思い、何だかとても暖かい光に包まれたような幸せな気持になりました。

 最後に、主催者の方から、今回学んだ『シルバーバーチの人生観』を、日常生活での実践に活かす、という視点でお話がありました。日々の生活の中で、常に“地上人生は一時的な仮の人生だ”ということを、意識することの大切さを話してくださいました。

 その中で一番印象に残ったのが、“私たちも霊的存在であり、霊界人です。私たちは、肉体を持った特別な霊界人なのです”、という言葉でした。地上で生活していると、つい霊界と地上界を区別して考えがちになり、霊界と地上界を別の世界のように思ってしまいます。頭では分かっているのですが、感覚がなかなかついてこない自分がいました。しかし、“肉体を持った特別な霊界人”という言葉を聞いた時、“そうか、そう考えればいいんだ”と思いました。そして、“そうだとすると、地上界は物質が存在する特別な霊界、と考えることもできるのではないかな”と思い、“霊界”がグッと身近に感じられたのです。

 そして、霊的真理に導かれた幸せを改めて噛みしめて感謝し、“失敗ばかりしている未熟な私だけれども、守護霊と力を合わせて、少しでも真理普及の道具になれるように努力していこう!”と、気持ちを新たにすることができました。


※SBの『人生観』については、東京スピリチュアリズムサークル2021年7月の“読書会の学習ポイントと感想”、をご覧ください。

※なお、引用にあたっては、スピリチュアリズム普及会の許可を得ています。

※東京スピリチュアリズムサークルの8月の読書会は、お休みになります。


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         ◎シルバーバーチの言葉 

◆「物質界の生活は、永遠の人生におけるほんの束の間時にすぎません。」      (『シルバーバーチの教え・上』 スピリチュアリズム普及会)

◆「この短い地上人生のことだけを考えてはいけません。永遠の生命を視野におくことです。」      (『シルバーバーチの教え・上』 P98 スピリチュアリズム普及会)

◆「大切なのは、人間は永遠なる魂であり、地上生活は、その永遠の巡礼の旅路のホンの短い、しかし、無くてはならない一部なのだ、という事実を知ることです。」        (『Guidance from Silver Birch))

◆「物的身体に宿っている皆さんはどうしても地上生活のことだけを念頭におかれます。わたしたち地上を去った者は皆さんの永遠の生命を念頭において、それをホンの一時期のものとして位置づけます。」     (『霊性進化の道しるべ』 P138 スピリチュアリズム普及会)

◆「地上人生のすべての目的は、地上を去った後に待ち受ける、次の段階の生活に備えて、それに必要は、人間性と霊的成長と能力を身につけることです。」       (『The Spirit Speaks』)

◆「人生のすべての目的は、地上においても霊界においても、霊性を発達させることにあります。物質世界に誕生してくるのは、そのためです。目的にかなった地上生活を送れば、霊性が発達し、次の段階、死後の生活に向けての準備が整います。そして、その時点で死を迎えることになります。」      (『The Spirit Speaks』)

◆「地上生活のそもそもの目的が、地上を去ったあとに待ちうける次の段階の生活にそなえて、それに必要な霊的成長と才能とを身につけていくことだからです。」     (『霊的新時代の到来』 P253 スピリチュアリズム普及会)

◆「人間は肉体を通して自我を表現している霊魂なのです。それが、地上という物質の世界での生活を通じて魂を成長させ発達させて、死後に始まる本来の霊の世界における生活に備えているのです」      (『シルバーバーチのスピリチュアル・メッセージ』 P172 ハート出版)

◆「霊的な属性が進化しないとなると、地上に生まれてきた意味がすべて失われます。
 地上世界はある人にとっては託児所であり、ある人にとっては学校であり、ある人にとってはトレーニングセンターです。いろいろな事態に直面し、それを克服しようと四苦八苦するところに意義があるのです」     (『シルバーバーチの新たなる啓示』 P69 スピリチュアリズム普及会)

◆——この病める地上界へなぜ続々と新しい生命が誕生してくるのでしょうか。何を目的に来たがるのでしょうか。
 「それは地球が霊のトレーニングセンターだからです。地球なりの存在意義があるのです。もし地球が神の計画の中で無用の存在であれば、地球そのものがもともと存在しないはずです。
 地球は、ちょうど小学校が子供にとっての教育の場として果たしているのと同じ機能を果たしております。学校を卒業したあとに備えているのです。地上界は修行場です。鋼鉄を鍛える鉱炉です。原鉱が砕かれて黄金を取り出す作業をするところです。地球は神の機構の中にあって無くてはならない役目を果たしております」      (『シルバーバーチの最後の啓示』 P140-L5~L13 ハート出版)

◆「本当の価値の尺度は、霊的成長度です。霊的成長は、日常生活における、言動や行為によって自ら達成していくものであり、それがすべてなのです。お金で徳は買えません。お金で霊的成長は買えません。お金で霊格を高めることはできないのです。」                        (『The Seed of Truth』)

◆「霊の姿が見えるとか声が聞こえるとかの物的現象は大して重要なことではありません。それよりもっと大切なことは、あなた方自身の霊性を開発することです。」     (『霊性進化の道しるべ』 P242 スピリチュアリズム普及会)

◆「地上的なものに心を奪われて、その分だけ霊としての義務を怠れば、地上的な富は増えても、こちらの世界へ来てみると、自分がいかにみすぼらしいかを思い知らされます。」     (『霊的新時代の到来』 P65 スピリチュアリズム普及会)

「最も賢明で幸せな地上人生を送る方法」  —東京スピリチュアリズムサークル2021年6月の読書会に参加して—


 色とりどりの紫陽花を楽しめる季節となりました。読書会の会場へ向かう途中に珍しい紫陽花が目に入り、ふと足を止めてしばらく見入ってしまいました。今回の読書会は、スピリチュアリズムの思想体系[Ⅰ]の『人生観』の前半から、主に「スピリチュアリズム初期の人生観」について学びました。


 『人生観』とは、人生についての見方・考え方、ということです。人間は、誰でも“幸せになりたい・幸福な人生を送りたい”と願って、日々をすごしています。そして世の中の多くの人が、人生は地上限りのものだと考えています。そのため、“モノやお金があれば、幸せになれる”と考え、できるだけたくさんのモノやお金を得ようとして、日々の時間の多くをそのために費やしています。

 一方、何らかの宗教に関わりを持っている人がいます。宗教に関わりを持っていても、それほど熱心でない人は、信仰を持たない人と同じような生き方をすることになります。しかし、“熱心な宗教者”は、その教団が説く、教えや教義を忠実に守った信仰生活を送ることで、死後の救いと幸福を手にしようとしているのです。

 そして、信仰を持つ人にも持たない人にも、いつか必ず訪れるのが“死”です。“死”が迫ってくると、“死ぬときどんな苦しみを味わうのか?・死んだ後、どうなってしまうのだろう?”、また“自分は、正しい信仰をしてきただろうか?・自分は本当に天国に行けるのだろうか?”、と“死の恐怖”に怯えるようになります。

 これまで人々は、“死”や“死後の世界”についての正しい知識を持たない、「霊的無知」の状態だったために、結局どのような人生を送ったとしても、“死の恐怖”を克服することができなかったのです。



◎スピリチュアリズム初期の人生観…「霊魂説」に基づく『人生観』
 「スピリチュアリズム初期の人生観」は、そのあとに続く「シルバーバーチの人生観」の基礎となる人生観です。そしてそれは、「霊魂説」に基づく人生観です。

 「霊魂説」とは、“霊魂が存在する”、という考え方です。これには、“人間は、死後も霊魂として生き続ける”、“死後の世界(霊界)が存在する”、“死後の世界に住む霊は、地上人に働きかけることができる、通信を送ることができる”という3つの内容があります。

 19世紀半ばに登場したスピリチュアリズムの始まりは、多くの驚異的な“心霊現象”です。そしてそれを、当時の一流の科学者たちが研究するという、“心霊研究”が行なわれました。始めは、“心霊現象などウソだろう、何かトリックがあるに違いない”、と考えていた科学者たちも、厳密な実験と検証を徹底して行った結果、“霊”の存在や“死後の世界“を認めるようになったのです。

 これまでの宗教でも、“霊魂”や“死後の世界”について説いてきました。しかしその内容は具体性に乏しく、あくまでも“信じるか信じないか”という信仰の問題でした。それに対してスピリチュアリズムは、「霊魂説」を事実として証明することで、“存在するかしないか”という、事実の問題として、論理的に明らかにしました。この「霊魂説」の証明は、人類にとって画期的な出来事だったのです。こうして人々は、“人間は、死後も霊魂として霊界で生き続ける”という事実に基づき、霊界での人生を見据えて地上人生を考えることができるようになりました。


 「霊魂説」に基づく『人生観』は、3つのポイントにまとめることができます。

・1つ目のポイントは、「人生は死によって終わるのではない。死後も人生は続いていく」、ということです。
 “心霊研究”を通して、“霊魂や死後の世界(霊界)”があることが証明された後、数多くの「霊界通信」が地上にもたらされました。その通信内容は、死後の世界のようすや暮らしが、まるで地上世界のことのように具体的に伝えられてきたものでした。それにより、死によって無くなるのは肉体だけであり、人間は死後も霊界で新たな人生を送るようになることが明確に示されたのです。

・2つ目のポイントは、「モノやお金、地位や名声は、“死”と共にすべて消滅する」ということです。
 地上に生きる多くの人が、“モノやお金に価値がある”」、また“たくさんのモノやお金があれば幸せになれる”という、「物質的価値観」と「物質的幸福観」を中心にした生き方をしています。しかし、霊界では、それらの価値観は一切通用しません。地上でモノやお金をどんなにたくさん持っていても、どんなに高い地位や名声を得ていても、死んで霊界に行くと、それらはすべて消滅してしまいます。そして自分がまったく価値のないもののために人生を費やしてきたことを知り、後悔するようになります。物質を中心とする生き方は、霊的に見ると間違っているのです。

・3つ目のポイントは、「物質的な利益の追求に人生を費やす人は、“霊界”では幸福になれない」ということです。
 モノやお金・地位や名声などの“物質的な富”は、霊界ではすべて消滅することが分かりました。では、霊界で幸せになるためにはどうしたらよいのでしょうか?それは、“霊的な富”を蓄えておくことです。“霊的な富”それは、“霊的成長”のことです。この“霊的な富”だけが霊界へ持っていける唯一のものなのです。“霊的な富(霊的成長)”を蓄える生き方とは、お金儲けや地位や名声を求めるよりも、自分を人のために役立てること・人々への奉仕を優先する生き方のことです。これが地上人生でも、死後の霊界人生でも、人間に真の幸福をもたらす生き方であり、地上人として最も賢明な生き方なのです。


 私は、今回の学習で、「霊魂説」の証明が、とても重要な意味を持っていたことに気づかされました。今までは、「霊魂説」が事実として証明されたことは、大切だとは思ってはいましたが、それほど深い意味があるとは考えていませんでした。

 そして最後に、主催者の方が、“霊魂説に基づく人生観の実践”、という視点でお話をしてくださいました。それは、「霊魂説」に基づく『人生観』の3つの内容を、しっかりと実感して地上人生を送り、人々や子供たちにも伝えていけるように、手本を示していかなければならない、ということでした。

 私は、“死後の世界(霊界)”の存在については実感した体験があり、確信を持って話すことができます。ただし後の2つについては、一応の理解はしているものの、子供や他(ほか)の人の手本となるような実践をしているかとなると、かなり怪しくなります。日々、“肉主霊従”の状態になっていたり、利己的な思いを抱いている自分を知っているからです。しかし、“霊魂説に基づく人生観”が、地上で生きる上での一番基本的で重要な霊的真理であり、それを子供たちに伝えていくことが、スピリチュアリズムの「霊性教育」である、とのお話を聞いて、霊的真理を知った者の一人としてこれを実践していく責任があると思いました。そして、今日学んだ内容を、もっとしっかりと実感できるように心がけ、子供たちや周りの人々に確信を持って伝えられるように、質素な生活を心がけ、日々の自分をより厳しく見つめ直していこうと、気持ちを引き締めることができました。


※「霊魂説」に基づく『人生観』については、東京スピリチュアリズムサークル2021年6月の“読書会の学習ポイントと感想”、をご覧ください。

※なお、引用にあたっては、スピリチュアリズム普及会の許可を得ています。

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       ◎シルバーバーチ・他の言葉 

◆「圧倒的多数の人間が、物質こそ存在のすべてであり、五感で認識できるもの以外は何も存在しない、と信じています。そこで彼らは、次のように言います。人生は七十か八十か九十年、長くてもせいぜい百年の限られた人生だ。できるだけたくさんのお金や財産を手に入れようではないか、なぜなら物質的な富を貯えることが人生で達成すべき唯一の目標なのだから。〝食べて飲んで陽気にやろうではないか、どうせ明日は死ぬ身よ〟という一節がそれをうまく表しています。」              (『Lift Up You Hearts』)

◆「地上に生をうけた者は、いつかは死ななくてはなりません。永遠に地上で生き続けることはできないというのが大自然の摂理なのです。 (中略) かくして霊は、永遠の巡礼の旅の一部として、地上での一定期間を経ると、次の界へと進んでまいります。」        (『シルバーバーチの新たなる啓示』 P142 ハート出版)

◆「人間は、とかく金持ちを羨ましがりますが、その人たちの多くを待ち受けている運命をご存じありません。財産を自分のことだけに使う人は、利己主義者であり、そういう人の将来には、恐ろしい逆境が待ち受けております。羨ましがらずに、憐れんであげることです。」      (アラン・カルデック『霊の書』 P321 スピリチュアリズム普及会)

◆「霊的成長をおろそかにして金儲けにうつつを抜かしていると、そちらの世界では金持ちと言われても、こちらの世界では哀れな貧しい魂になってしまいます。」       (『シルバーバーチの教え・上』 P94~P95 スピリチュアリズム普及会』)

◆「この世的な富を蓄積していると、それなりの代価を支払わされます。つまり地上的なものに心を奪われて、その分だけ霊としての義務を怠れば、地上的な富は増えても、こちらの世界へ来てみると、自分がいかにみすぼらしいかを思い知らされます。」        (『霊的新時代の到来』 P65 スピリチュアリズム普及会)

◆「地上界で大人物と言われた人が霊界でも大人物と言われるわけではありません。こちらの世界での偉大さは、魂の偉大さ・霊性の高さ・奉仕精神の豊かさで計られます。これらは物的世界での輝きが消滅したあとも末永く存在し続けます。」        (『シルバーバーチの教え・上』 P106 スピリチュアリズム普及会)

◆「俗世的なものはいずれ消滅するのです。束の間のものは、しょせん束の間の存在でしかありません。しかし、霊的実在は永遠です。移ろいやすい物的所有物を絶対と思い込んでいる人は、影を追い求めているようなものです。霊的真理を求めている人は、真に自分の所有物となるものを授かりつつある人です。自信をもって前進なさい。霊的知識——大霊の宝石を探し求めなさい。」
(『霊性進化の道しるべ』 P37 スピリチュアリズム普及会)

◆「階級・肩書・職業・肌の色——こんなものが大霊を前にして何の意味がありましょう。真に誇れるもの、真の気高さは魂にかかわるもの、霊にかかわるもの、精神にかかわるものです。それこそが永遠の実在なのです。」     (『霊性進化の道しるべ』 P118 スピリチュアリズム普及会)

「人間の“心”とはどのようなものなのでしょうか?」            —東京スピリチュアリズムサークル2021年5月の読書会に参加して—


 木々の緑の深まりに、大自然の摂理のゆったりとした、そして揺るぎない流れを感じながら、読書会の会場へ向かいました。東京のコロナ対策の影響で、日時が変更になりましたが、無事開催されることになりました。
 さて、今回の読書会は、先月に引き続き、スピリチュアリズムの思想体系[Ⅰ]の『人間観』の後半部分を学習しました。


(3)“心”“意識”とは
 人間は、誰もが自分の中に“心や意識”があることを自覚しています。それは、唯物論的な考え方をしている人でも同じです。“心や意識”の本質に迫ろうとして、これまで多くの科学者たちがさまざまな研究を重ねてきました。しかし、“心や意識”に形はありません。形のないものをいくら物質的観点から明らかにしようとしても、その本質に迫ることはできないのです。シルバーバーチは、霊的観点から見た「霊的身体観」に基づいて“心や意識”について、驚くような真実を解き明かしてくれました。

 前回学んだように、人間には、“霊体”と“肉体”という2つの身体があります。この2つの身体には、それぞれに思考活動をする“心”のような器官があります。それが、“霊の心(霊的意識)”と“肉の心(肉体本能的意識)”です。“霊の心”は人間の高次元な要素で利他的方向を指向します。そして、“肉の心”は低次元な要素で利己的方向を指向します。“霊の心”は人間にしかありませんが、“肉の心”は動物にもあります。

 そして、“霊体”と“肉体”が重なり合って存在しているため、この2つの心も同一の場所に重複して存在しています。つまり、私たち人間は、“霊の心”と“肉の心”という別々の心から発生されたものを、1つの心として感じているのです。この2つの心は、混然一体となって1つの心として感じるため、人間は、今、自分が抱いている意識がどちらの“心”から発生したものなのかを区別することができないのです。 

 これは、シルバーバーチによって人類に初めて示された画期的なものです。これだけでも驚くようなことなのですが、シルバーバーチはさらに、“意識”について重大な事実を明らかにしています。


 前にも触れましたが、地上人の“心”は、“霊の心”と“肉の心”という、2つの心から成り立っています。こう言うと、私たちは、この2つの心から生じる意識をすべて自覚しているように思われます。しかし、シルバーバーチは、「地上の人間は、“霊の心”から生じる“霊的意識”のすべてを自覚することはできない」と言っています。シルバーバーチは、「霊的身体観」を踏まえて、“潜在意識”と“顕在意識”について明らかにしてくれました。


 先ほど述べたように、人間が自覚することはできない意識のことを“潜在意識”と言いますが、実はこの“潜在意識”とは、“霊の心”から生じる“霊的意識”のことです。“霊的意識”の大部分は、隠されたような状態になっていて、自覚することはできません。。“脳”という物質の器官を通過したホンの一部の“霊的意識”だけが、地上人に自覚されるようになっているのです。一方、“脳”から生じる“肉体本能的意識”は、すべて自覚することができます。つまり、地上の人間は、“脳”を通過してもたらされた“霊的意識”の一部と、“脳”から発生する“肉体本能的意識”が合わさったものを、“顕在意識”として、自覚しているのです。

 “潜在意識”とは、“霊的意識”のことであり、“顕在意識”とは、“脳”を通過した一部の“霊的意識と、“脳”から生じる“肉体本能的意識”のすべて、ということになります。これが、シルバーバーチによって明らかにされた、“潜在意識”と“顕在意識”の真実なのです。そしてこれにより人類は、“心とはどのようなものなのか?・心や意識はどこから発生するのか?”という、根本的な問いに対して、初めて正しい知識を持つことができるようになったのです。

 私は、このお話を聞いて、“人間は、本当に自分自身のことを何も分かっていなかったのだなあ。目に見える部分をどんなに細かく解明しても、物質的観点から見ている限り、本質を見抜くことはできないのだな”と思いました。そして「霊的観点」から見ることの大切さを改めて感じました。


(4)死後の人間の身体と心
 人間は、いつか必ず“死”を迎えます。これまで多くの宗教が、漠然と説いてきた死後の人間の姿が、シルバーバーチによって示された画期的な「人間構成論」によって明確に示されました。

 人間の“死”とは、“霊体”と“肉体”が完全に分離することです。“死”を迎えると、物質的要素である、“肉体”と“肉体本能的意識”は消滅します。しかし、霊的要素である“霊・霊の心・霊体”は、“霊界(死後の世界)”で新たな生活を始めます。そして、地上時代と同じように、「知・情・意」という心を持って、活発に精神活動を行います。それは、たとえ宇宙が消滅するような時が来ても変わらず、永遠に個別性を持って生き続けます。神から霊を分け与えられた、“神の分霊”だからです。これまで漠然と“霊”とか“霊魂”と呼ばれてきた、死んだ人間とは、“物質的要素”を捨て去り、“霊的要素”だけになった人間のことなのです。


 さて、これまでの宗教では、「霊(善)と肉(悪)の闘い」による「罪」の問題が説かれてきました。シルバーバーチは、この問題に対しても画期的な見解を示しています。

 地上人は、“霊的意識”と“肉体本能的意識”という2つの意識を合わせたものを“1つの心”として感じています。“霊的意識”は利他的方向を、そして“肉体本能的意識”は利己的方向を、というように正反対の方向を指向します。このように相反する方向性を持つ2つの意識が“1つの心”を作り上げているため、地上人は常に心の中で葛藤を強いられることになります。

 肉体を持ち、物質性の強い地上界では、すぐに“肉の心”が主導権を握ります。その中で、“霊の心”に従い、清らかで利他的なより高い価値観を持って生きようとすると、必然的にこの2つの“心”が対立します。地上で霊的意識を優位に保つためには、大変な努力が必要なのです。シルバーバーチは、「霊が主人で肉は従」「霊が王様で肉は家来」と述べ、霊と肉の上下関係を明確にしています。これが、これまで言われてきた「霊と肉の闘い」の真相です。「霊と肉の闘い」は、「罪」の問題ではなく、“霊的意識”と“肉体本能的意識”の対立なのです。


 学習の終わりに、主催者の方から、“潜在意識”の中には何が隠されているかについてのお話がありました。そのお話の中で、特に印象に残ったのは、死後、肉体の制約から解き放たれて、“霊的意識”がすべて自覚できるようになった時のことについてです。

 “霊的意識”には、地上で得たすべての知識や体験や行いが、スーパーコンピューター並みの精度で、寸分の狂いもなく記憶されています。忘れていた記憶もすべて思い出します。思い出してよかったと思える記憶もありますが、人には言えないような、できれば思い出したくない記憶もあります。困ったことに、それが周りの人にも知られてしまいます。霊界では隠し事ができないからです。そのことを考えると、数多くの過ちを犯している私は、憂鬱になってしまいます。思い出すだけならまだしも、周りの人にも知られてしまうと思うと、身の置き所がないような気持になります。

 しかし、「霊的真理」に導かれ、これから先の地上人生を、真理に添って生きる努力を積み重ねていくことで、そうしたマイナスの記憶は、“霊的意識”の片隅にしまい込まれて表に出ないようになっている、とのお話しを聞いて、憂鬱な気分は吹き飛び、勇気が湧いてきました。そして、大霊の愛の深さと配慮に感謝するとともに、“よし、どんなに失敗を重ねても真理に添う努力を続けて、自分の役目を果たしていこう!”と、明るい気持ちで帰途につくことができたのでした。


※『人間観』の“心”“意識”については、東京スピリチュアリズムサークル2021年5月の“読書会の学習ポイントと感想”、及びスピリチュアリズム普及会HP“スピリチュアリズムの思想体系[Ⅰ]1章”、をご覧ください。

※なお、引用にあたっては、スピリチュアリズム普及会の許可を得ています。

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        ◎シルバーバーチの言葉 

◆——潜在意識とは何でしょうか。
 「精神の中の意識にのぼらない部分のことです。」     (『シルバーバーチ 最後の啓示』 P98 ハート出版)

◆「あなた方が自覚できる意識は、物質界で表現されている部分だけです。霊的進化のプロセスの中で、より大きな意識を自覚するようになるまでは、真の自我に気づくことはありません。大きな意識がほんの一瞬現れることはあっても、大部分は隠されたままなのです。一般的に言って人間は、死のベールを通過するまでは大霊から受け継いだ真の自我に気づくことはないのです。               (『Silver Birch Companion』)

◆「(あなたは)物的身体を通して知覚したごくごく小さな一部分しか意識しておられません。が、本当のあなたは、その身体を通して顕現しているものより、はるかに大きいのです。」       (『シルバーバーチのスピリチュアル・メッセージ』 P187 ハート出版)

◆「地上生活中に行ったことが、すべて、真の自我に刻み込まれています。その行為の価値が魂を豊かにもし、貧しくもします。あなた自らが行なったことが、そういう結果を生んでいくのです。」      (『霊的新時代の到来』 P37 スピリチュアリズム普及会)

◆「潜在意識は倉庫の管理人のようなものです。あらゆる記憶を管理し、生きるための操作の大半をコントロールしています。(中略) 倉庫とも言うべき潜在意識の中に、その人物のあらゆる側面が仕舞い込まれているのです。」      (『シルバーバーチのスピリチュアル・メッセージ』 P80 ハート出版)

「私たち人間はどんな存在なのでしょうか?」     —東京スピリチュアリズムサークル2021年4月の読書会に参加して^ー


 少し逆戻りした季節の冷たい風を感じながら、4月の読書会に参加しました。駅から会場へ向かう途中、公園の花壇に色とりどりの花々が美しく咲いていました。いつもはあまり写真を撮らない私ですが、そのあまりの奇麗さに、思わずスマホを取り出しカメラを向けてしまいました。

 さて今回の読書会は、スピリチュアリズムの思想体系[Ⅰ]から、人間についての基本的な真理である、『人間観』の前半部分を学びました。

(1)人間の身体の構成
 一般的に、“人間は肉体から成り立っている”、または“人間は肉体と心から成り立っている”と考えられています。しかしこれは“地上的・物質的観点”から見たものです。シルバーバーチが霊界から伝えてくれた、“霊的観点”から見た「人間の身体の構成」は、驚くようなものでした。

 私たち人間は、“霊体”と“肉体”という同じ形・同じ大きさをした2つの身体を持っています。“肉体”は肉眼で見ることができますが、“霊体”は霊視能力を持った人しか見ることができません。“霊体”と“肉体”は、波動が異なるために、同じ場所に重なり合って存在することができます。そしてそれぞれの身体からは、オーラと呼ばれるエネルギーが放射されています。つまり間の身体は、“霊体”と“肉体”という2つの身体の重複構造になっているのです。これが、人間の身体の構成の1番基本になるポイントです。

 “霊体”には、“霊の心(霊的意識)”があります。そして“霊の心”の中心にあるのが、“霊”です。“霊”と“霊の心”については、(2)で詳しく見ていきます。“霊体”は、物質ではなく霊質の素材から作られていますが、形があります。しかし、“霊”と“霊の心”には、形はありません。“霊”と“霊の心”と“霊体”、この3つが人間を構成している「霊的要素」になります。

 一方、物質的身体である“肉体”にも心のようなものあります。それが“肉の心(肉体本能)”です。この脳から発生している“肉の心(肉体本能)”に形はなく、動物にも共通したものがあります。“肉体”と“肉の心”、この2つが人間を構成している「物質的要素」なのです。

 このように人間の身体は、“霊と霊の心と霊体”という3つの霊的要素と、“肉の心と肉体”という2つの物質的要素を合わせた、5つの構成要素から成り立っているのです。

 そしてもう1つ大切なことがあります。それは,
「霊的要素」は「物質的要素」に対して上位(上の立場)にある、別のいい方をすると、霊や霊的意識や霊体は、肉体本能や肉体よりも上の立場にある、ということです。つまり“霊主肉従”の状態が、この2つの要素の本来の正しい関係であり、神の摂理にそったあり方なのです。

 次に“霊”と“霊の心”についてもう少し詳しく見ていきます。

(2)“霊”と“霊の心”
 シルバーバーチは、“霊”について2つの定義を示しています。1つ目の定義は、「“霊”とは、私たち人間の核である」ということです。“霊”は、人間の本体であり、本質なのです。“霊”についての2つ目の定義は、「“霊”とは、大霊である神の分霊である」ということです。人間は、1人1人が神から“霊”を分け与えられて地上に誕生しました。人間は大霊である神の分霊を宿し、神と同質の霊的要素を持った存在であり、この“霊(分霊)”こそが人間の本体なのです。シルバーバーチは、これを“ミニチュアの神”と表現しています。

 この“霊”を取り巻くようにして存在しているのが、“霊の心”です。“霊の心”は、霊の道具・表現器官であり、そのはたらきは、「知・情・意」として表れます。ですから“霊”の成長による変化は、“霊の心”のはたらきである「知・情・意」に反映され、さらに“霊体”にも反映されます。霊性の高さ・未熟さは、霊の心や霊体に表れるということになります。これが“霊”と“霊の心”の関係です。この“霊”と“霊の心”は、まったく別のものですが、どちらも形体がないため、私たち地上人には区別がつきません。そのため地上人にとって“霊”は“霊の心”の中心の最高次元の部分ということになります。



 さらにシルバーバーチは、「人間は霊を中心とする、霊的存在である」と断言し、人間の最も深い部分に“霊”があることを明らかにしてくれました。「人間は霊的存在である」これがシルバーバーチの『人間観』の最も重要なポイントであり、スピリチュアリズムにおける、人間の定義になります。

 これについてもう少し詳しく見ていきます。大霊である神から“霊”を分け与えられ、「霊的存在」として創造された人間は、永遠に個別性を持ち、霊的進化の歩みを続けていきます。ですから人間は神の子供であり、神と人間は親子関係にあります。つまり、全人類は、神を共通の親とする霊的兄弟姉妹であり、霊的一大家族ということになるのです。

 このように、シルバーバーチの『人間観』を学んでみると、地上人は、人間についての真実を、何も知らなかったことがよくわかります。私たち地上人は、「神」や「死後の世界(霊界)」だけではなく、自分自身がどういう存在なのかについても「霊的無知」の状態にあったのです。


 そしてその後、主催者の方から、「霊的真理」は学ぶだけではなく、“真理の実践”という視点を持つことも大切であるとのお話がありました。霊界が望む“実践レベルのスピリチュアリズム(ハイレベル・スピリチュアリズム)”を目指すためには、今回学んだ人間についての霊的真理を、「霊的視野(霊界人の視点)で、自分自身と周りの人を見る」という形で実践していく必要があるのです。

 そのお話の中で、“大霊である神は、私たち人間を一塊(ひとかたまり)としてではなく、1人1人に愛を注いでくださっている”という言葉を聞いたとき、私の心に響くものがありました。なぜなら、大霊は私たち人間を地上に誕生させた時、自分の霊を分け与えただけでなく、さらに1人1人に対して守護霊や背後霊という導き役やサポート役も用意してくださったことを思い出したからです。“大霊は、決して私たちを独りぼっちで地上という世界へ送りだしてはいないのだ”と気づいたとき、大霊の配慮の深さと、計り知れないほどの大きな愛の一端を感じ、心の芯が熱くなりました。
 そして“肉体の目には見えなくても、いつも暖かく見守ってくれている人たちは、もしかしたら私が考えている以上に大勢いるのかもしれないな“と思いました。そうだとすれば、その人たちを落胆させてばかりいるわけにはいきません。未熟な私ですので、日々失敗や過ちを繰り返しています。しかし私には、“真の救いと希望の光である霊的真理を届けるお手伝いをする”という、義務と責任があります。そうである以上、何度転んでも起き上がってとにかく前に進んでいこう、との思いを胸に満たして帰途につきました。


※『人間観』については、東京スピリチュアリズムサークル2021年4月の“読書会の学習ポイントと感想”
  及びスピリチュアリズム普及会HP“スピリチュアリズムの思想体系[Ⅰ]1章”
  または、『スピリチュアリズム普及会公式チャンネル』の『人間観』をご覧ください。

※なお、引用にあたっては、スピリチュアリズム普及会の許可を得ています。



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         ◎シルバーバーチの言葉 

◆「あなた方お一人お一人がミニチュアの神なのです。お一人お一人の中に神という完全性の火花、全生命のエッセンスである大霊の一部を宿しているということです。その火花を宿しているからこそ存在できているのです。ただし、それが地上的人間性という形で顕現している現段階にあっては、皆さんは不完全な状態にあるということです。」           (『地上人類への福音』P165 スピリチュアリズム普及会)

◆「あなた方は、霊性という神性を有しています。それ故、あなた方は、大霊が持っているすべてのものを、ミニチュアの形で宿しているのです。」          (The Spirit Speaks)

◆「あなた方は、ミニチュアの神なのです。あなた方は、大霊の完全な火花、全生命のエッセンスである、霊を宿しています。その、神聖な火花がなければ、あなた方は、存在することはできません。    (The Seed of Truth)

◆「自分を肉体だけの存在、あるいは、霊をそなえた肉体だと考えている人が多すぎます。本当は、人間は肉体をそなえた霊なのです。」           (The Spirit Speaks )

◆「あなた方は、今この時も霊的存在なのです。死んでこちらへ来てから霊的なものを獲得するのではありません。あなた方は、受胎の瞬間から霊的存在です。あなた方を生かしめている大霊から、あなた方を切り離すことができるものは、何もありません。」  
  (The Spirit Speaks )

◆ 「大切なのは、私たちだけでなく、あなた方人間もみんな、もともとは霊的存在であるということです。大霊の分霊なのです。」                   (『シルバーバーチ最後の啓示』 P130 ハート出版)

◆「霊も肉体の大霊の僕と申し上げましたが、両者について言えば、霊が主人(あるじ)であり、肉体はその主人に仕える僕です。それを逆に考えるのは大きな間違いです。あなた方は本質的には霊なのです。それが、人間は潜在的に神性を宿していると言われるゆえんです。つまり宇宙の大霊をミニチュアの形で宿していることになります。宇宙という大生命体を機能させている偉大な創造原理が、あなた方一人ひとりに宿っているのです。意識をもった存在としての生命を受けたということが、神的属性のすべてが内部に宿っていることを意味します。」           (『霊的新時代の到来』 P213 スピリチュアリズム普及会 )

◆「一人でも多くの人に、正しい視野をもっていただき、自分自身の本当の姿を見つめるようになっていただきたいのです。自分というものを肉体だけの存在、あるいは、せいぜい、霊をそなえた肉体だと思い込んでいる人が、まだまだ多すぎます。本当は肉体をそなえた霊的存在なのです。」       (『霊的新時代の到来』 P198 スピリチュアリズム普及会)


「2度目の発表に挑戦しました」   —東京スピリチュアリズムサークル2021年3月の読書会に参加して—


 曇り空の中にも、春の温もりを感じながら読書会に参加しました。会場へ向かう電車の中で、ふと顔を上げると梅と桜がいっしょに咲いているのが目に入り、今年の桜の開花の早さを感じました。いつもなら、そのまま窓の景色を楽しむところですが、残念ながらそれはできませんでした。なぜなら、3月の読書会は、2月に続いて「語る練習」ということで、私は発表のための原稿に目を通していたからです。


 今回も発表者は6名でした。2年ほど前の発表の時の順番が最後だったので、“どうかそうならないで欲しい”との私の願いも空しく、どういうわけかまた6番目です。そのため、また緊張の糸を張り続けることになってしまいました。

 先に発表された5名の皆さんは、初めてとは思えない落ちついた口調で語る方、独自の世界観を持っている方、優しさをこめながらもしっかりと話す方、のびやかな声と語り口で説明を進めていく方、明瞭な話しぶりで整った説明をされる方、とそれぞれの個性を発揮しながらの発表でした。

 皆さんに共通していたのは、“伝えたい!”という熱意です。どの方も、相当な練習を積み重ねてこられたことを感じさせる話しぶりでした。その中で私は、説明の文章の中に、発表者一人ひとりのこれまでの人生の歩みが反映されているように感じました。

 5名の方の発表が終わり、いよいよ私の番です。皆さんの前に立った時、澄んだバイブレーションが部屋中に満ちているのを感じました。それに影響されたのかどうかは分かりませんが、いつもより勢いよく話し始めてしまいました。しかも話すスピードも速くなってしまい、何とかして少しペースを落とそうとするのですが、体の方が勝手に話を進めてしまい、うまくコントロールできません。そうしているうちに頭が真っ白になってしまい、話す内容が分からなくなってしまいました。しかし、前回の失敗の経験から、原稿のどのあたりをやっているのかを意識しながら練習していたおかげで、それほどの間を開けずにすみました。

 それからは、“もうこうなったら、この流れでいくしかない”と気持ちを切り換え、何とか最後まで話し終えることができました。ただ、まさかこんな状態になるとは思っていなかったので、終わってからしばらくは、“今のは何だったんだろう?”、と半分呆然としていました。

 後から考えると、たぶん緊張しすぎて心と体の調和がとれていなかったのだと思います。“もう少しバランスの取れた状態で話せるようにならないといけないな”、と反省しています。ただ、内容は、一応ほぼ原稿通りに話せたので、それだけがせめてもの救いでした。


 全員の発表が終わった後、主催者の方から、人に真理を伝えるための基本的な心構えについてのお話がありました。その中で、“日常生活の中で、自分自身を真理に添わせる努力をしていなければ、いくら話が上手であっても、相手の心に真理を届けることはできない”、ということが私の印象に残りました。

 スピリチュアリズム運動の主役は霊界の人々です。私たちはその道具にすぎません。ということは、人に真理を伝えようとする時、霊界の人々の協力なしに伝えることはできないことになります。肉体本能に流され、自己中心的な生活を送っている中で、どんなに素晴らしい真理を上手に語ったとしても、その言葉に霊的エネルギーはこもりません。そんな状態では、霊界の人々の協力を得ることはできないからです。“霊的エネルギーの入らない語りは、シルバーバーチの言う、心のこもらない祈りと同じで空気を振動させているだけなのだな”と思い、“霊界の道具”という言葉の意味の重みを、より深く感じ取ることができました。

 さらに、主催者の、“真理の理解が進めば進むほど、霊界と一致団結して働いていく力が強まっていきます”との言葉に勇気づけられました。そして、“今回の発表は思いがけない形になってしまったけれども、これもより良い道具になるための経験の一つと捉えて、真理の実践とより深い理解に向けて前へ進んでいこう”、との決意を新たにすることができました。


 ※“語る練習”については、東京スピリチュアリズムサークル 2021年3月の“読書会の学習ポイントと感想”をご覧ください。
※なお、引用にあたっては、スピリチュアリズム普及会の許可を得ています。


         ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

        ◎シルバーバーチの言葉 

◆「あなた方としては、一人ひとりが、出来うる範囲内で霊的知識を広めることを心がければよろしい。自分自身が光明を見出したように、今度は誰か自分以外の人たった一人に光明を見出させてあげることができたら、それだけでこの度の地上生活は有意義だったことになるのです。」    (『新たなる啓示』P186 ハート出版)

◆「ここに集っている皆さんは教義の牢獄から脱したことを喜んでください。そして喜ぶだけでなく、今なお隷属状態にある人々を開放してあげるために努力してください。」      (『シルバーバーチの教え・上』P124 スピリチュアリズム普及会)

◆「霊的真理を一つでも多く理解していくことが、あなた方の魂と霊的身体を霊界からのエネルギーを受けやすい体質にしていきます。これは地上と霊界を結ぶ磁気的な絆 (きずな)なのです。」    (『シルバーバーチの霊訓1』P97 スピリチュアリズム普及会)






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