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「寝たきりで天井を見つめるだけになっても魂は成長しています」       (―NHKスペシャル「彼女は安楽死を選んだ」を見てー)


 先日、ふと目に入ったNHKスペシャル「彼女は安楽死を選んだ」を見ました。この番組が最初に放送されたのは、2019年6月2日(日)でしたが、私が見たのは2019年12月28日の再々放送でした。初めの放送後の反響が大きく、年末に再々放送されたようです。


 番組の題名を見た瞬間ドキッとするものがありました。そして致死薬の点滴のバルブを開こうとする場面では、思わず部屋に飛び込んでその手を止めたい衝動に駆られました。放送を見終わった時にはいろいろな感情が交錯しており、その中で一番強かったのが“ああ、彼女がシルバーバーチの霊訓に出会っていたら!”という思いでした。

 ご覧になった方もいらっしゃると思いますが、放送の内容を簡単に紹介すると、48歳の時に神経変異疾患の一つである「多系統萎縮症(たけいとういしゅくしょう)」の告知を受けた小島ミナさん(当時52歳)という女性が、2018年11月28日にスイスの自殺幇助(ほうじょ)団体「ライフサークル」で安楽死を実行するまでのようすを密着取材したドキュメンタリーです。

 「多系統萎縮症」というのは、中枢神経系の障害によって体の機能が徐々に失われていく病気で、発症する原因も治療法もよく分かっていない難病です。とても大変な病気で、症状が進むと指一本、時には瞼(まぶた)でさえ自分では動かすことができなくなり、人工呼吸器と胃瘻(いろう)で寝たきりの日々を送るようになります。

 その過酷さは私の想像をはるかに越えたものだと思います。病気になる前のミナさんは、ユーモアのある聡明な方だっただけに、この病気になった時のミナさんの驚きとショックがどれほどのものだったかは想像に難くありません。そしてどんどん日常の何気ない動作ができなくなっていく自分のありさまに恐怖を感じ、いずれ寝たきりでただ天上を見ているしかなくなる自分に生き続ける意味をどうしても見出せず、何度も自殺未遂を繰り返した上で、選んだのが「安楽死」でした。それには、彼女を支えてくれていた2人のお姉さんや妹さんたちに、これ以上負担をかけたくないという思いもあったでしょう。その気持ちは私にも理解できます。


 「安楽死」は利己性の強い「自殺」とは異なり、“治る見込みのない病気で苦しんでいる人を少しでも早くその苦しみから解放してあげたい”、という思いやりの気持ちから出たものです。そのため、多くの人々の賛同を得ています。しかし、それは“物質的視点”のみから見たものです。“霊的視点“から見ると「安楽死」は間違った考えです。なぜなら生命は大霊(神)から与えられたものであり人間のものではありません。生命が人間のものでない以上、自分で勝手に地上人生を終らせてしまうことは摂理に反することになるのです。さらに物質的視点から見ると無意味に思える苦しみであっても、霊的視点から見るとカルマを解消したり、魂が霊的な学びをしているのです。「安楽死」は、魂が成長するための貴重なチャンスを棒に振ることになってしまうのです。


 私は、ミナさんが霊的真理に出会う前に地上を旅立たれてしまったことが本当に残念でたまりません。ましてやミナさんの回りには彼女を支えてくれる姉妹がいたことを考えると悔しい気持ちでいっぱいになります。

 最近「安楽死」を望む人が急に増えてきているようです。今「安楽死」を考えていらっしゃる皆さん、寝たきりの人生にも深い意味があります。ですからどうか苦しみに耐えて生き抜く勇気を持ってください。それが言葉で言うほど容易(たやす)いものではないことは、抗がん剤の副作用で途切れることのない痺れと痛みをかかえて日々をすごしている私にも少しは理解できます。でも、“あの時の苦しみに耐えて生き抜いてよかった!”と思える時が必ずきます。これは単なる気休めでも慰めでもありません。霊的事実なのです。そしてその後には今味わっている苦しみの何倍もの喜びが待っているのですから……。


※「安楽死」については、スピリチュアリズム普及会のHPの“スピリチュアリズムの思想Ⅰ第2章(4)-4)⑤安楽死・延命治療・尊厳死”をご覧ください。

※なお、引用にあたっては、スピリチュアリズム普及会の許可を得ています。

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     ◎シルバーバーチの言葉

◆——回復の見込みがない患者を安楽死させる権利を医者に与えるべきだ、という意見がありますが、どう思われますか。
 「まず申し上げておきたいのは、すべての生命は大霊のものだということです。肉体が衰えて霊がその肉体から解放される時がくれば、人間は自然の摂理に従って死を迎えます。」       (『シルバーバーチの教え・下』 P168~P169 スピリチュアリズム普及会)

◆——絶対に生き永らえる望みなしと判断した時、少しでも早く死に至らしめるための手段を講じることは許されることでしょうか。許されないことでしょうか—— 
「わたしはあくまで“人間は死すべき時が来て死ぬべきもの”と考えております。」      (『霊的新時代の到来』 P156 スピリチュアリズム普及会)

◆——人間が寿命を完 (まっと)うせずに他界することを神が許されることがあるのでしょうか。
 「神の意図は、人間がより素晴らしい霊的生活への備えを地上において十分に身につけることです。熟さないうちに落ちた果実がまずいのと同じで、割り当てられた地上生活を完うせずに他界した霊は、新しい世界への備えが十分ではありません。」       (『スピリチュアル・メッセージ』 P232 ハート出版)

◆「地上的観点から、つまり物質的観点からのみ人生を眺めれば、病弱な身体を持って生まれた人は健全な身体を持って生まれた人よりも、物的には不幸の要素が多いと言えるでしょうが、その意見は霊については当てはまりません。身体が病弱だから霊も気の毒で、身体が健全だから霊も豊かであるという方程式は成り立ちません。実際にはむしろ宿命的な進化のための備えとして、多くの痛みや苦しみを味わうことによって霊が豊かになるという考え方のほうが正しいのです。」    (『スピリチュアル・メッセージ』 P204~P205 ハート出版)

◆「地上生活で生じるいかなる苦難も、自分の内部および外部の力を総動員しても解決できないほど大きなものはありません。その解決のための必死の努力が、霊性を磨き一段と大きく成長させるのです。地上生活の究極の目的はそこにあるのです。難問に遭遇し、それと格闘し、その結果として霊的成長を得るということです。」      (『シルバーバーチの新たなる啓示」 P139  ハート出版 )

「人に霊的真理を伝えるときに大切なことは何でしょうか」           (東京スピリチュアリズムサークル2019年12月の読書会に参加して」

 
 令和元年最後の読書会に参加しました。先月の読書会は、“発表”という私にとっては大変な挑戦を控えていたので、緊張感の塊(かたまり)のようになっていましたが、今月はそれに比べるとすいぶんとリラックスした気持ちで臨むことができました。会場へ向かう途中、クリスマスに向けてのセールやイベントを目にして、“ああ、もうそんな季節なんだな”と思いました。9・10・11月と語る練習に夢中になって取り組んでいるうちに、いつのまにか季節は秋から冬へと移り変わっていた感じです。

 毎年12月の読書会では、参加されているメンバーが1年間を振り返って話しをします。皆さんのお話を聞き、それぞれの方が霊的真理の実践に真剣に向き合って過ごされたようすが伝わってきました。そして私もそうでしたが、今年はやはり“語る練習”が皆さんの中で大きなインパクトをもたらしたことが分かりました。


 今月のお話は、「良きスピリチュアリストになるためには、まず何から始めたらよいのか」についての後半部分でした。
 前回、数ある利他愛の実践の中で、スピリチュアリストにしかできない“霊的真理の伝道”を始める前に、まず自分を霊的真理で作り変える、「自分自身の霊的新生」が必要であることを学びました。今回は、いよいよ実際に“伝道を始める時に必要な基本的な心構えについて”でした。

 スピリチュアリズムの伝道実践で一番大切なことは、「道具意識に立った伝道」です。スピリチュアリズムを始めたのは、高級霊界の霊たちです。ですからスピリチュアリズムの主役は霊界人であり、地上人であるスピリチュアリストはその道具なのです。この“主役は霊界である”、という点をしっかりと心に留めてから伝道を始めないと、自分の力だけでやろうとします。するとそこに早く何とか形にしたいとの焦りが生じてきます。自分は利他愛の実践としての真理の伝道をしているつもりでも、いつのまにか多くの人を集めることや、人からの評価を求めるといった、単なる“活動”になってしまいます。しかしそれは自分を満足させるための自己中心的な行為であって、相手の救いと幸せを願う利他愛の実践ではありません。

 スピリチュアリストの役目は、霊的真理を受け入れる準備のできた人、シルバーバーチの言う“時期の来た人”に真理を届ける手伝いをすることです。それに必要なのは、霊界との協力関係を築くことであって、自分の思惑や人からの評価などは、まったくいりません。自分で“時期の来た人”を探し回らなくても、その人との出会いは霊界側が用意してくれます。私たちは、霊的真理に関心がありそうな人にシルバーバーチの霊訓の話をしてみるなど、“真理の種まき”に力を注いでいればよいのです。

 ただし、その際には決して無理に真理を押しつけないように注意しなくてはなりません。シルバーバーチが霊訓の中で言っているように、“そっとドアを押して反応を見る“、これが「スピリチュアリズムの正しい伝道方法」です。その人が時期の来た人がどうかは、真理に対する反応の仕方ですぐに分かるということです。そしてシルバーバーチは、“反応がない時には、そのドアを無理に押してはいけない”とも言っています。

 このようにして私たちは“真理の種まき”を続けていればよいのですが、一生懸命種をまき続けてもなかなか芽(結果)が出ないということは、それほどめずらしいことではありません。そういう時にこそ必要なのが、「霊界への信頼と忍耐」です。たとえ地上人生の間にその結果を知ることができなくても、種をまき続けた努力が無駄になることは決してないのです。

 私はこのお話を聞いて、道具意識を持つことの大切さをあらためて実感しました。この“自分は霊界の道具である”ことさえ忘れなければ、自分の力だけでやろうと無理をしたり、傲慢な考えを抱いたりする過ちを犯さずにすむからです。私はこのことを繰り返し自分に言い聞かせていこうと思っています。


 今、私は “霊的真理を知って本当によかったな”と思っています。そして、読書会への参加を続けていられる幸せを感じています。もし、シルバーバーチの霊訓を読んでいただけで、読書会での体系的な学びで真理の理解を深めていなかったら、2017年に体験した大きな病気に、冷静さを失わずに対処することは絶対にできなかったと思います。入院・手術・抗がん剤治療と私にとっては嵐のような日々の連続でしたが、その前に公開ヒーリングのお手伝いをさせていただいた時に、霊界の存在に対して実感をともなった確信を得られていたこともあり、大霊への信仰心が揺らぐことは一度もありませんでした。今さらながら、守護霊や霊界の視野の広い導きの凄さに深い感動を覚えています。これほどまでに親身になって私の霊的成長のために犠牲を払ってくれている存在は他にはありません。その守護霊の導きに対してほんのわずかでも応えられるように、死後の世界があることを知らないがために多くの不安や心配、恐怖を抱えてすごしている人に、霊的真理というこの世の最高の宝を届けられる道具を目指して、自分自身の霊的新生と真理の種まきに力のかぎり取り組んでいこう、との決意を新たにしています。



※「霊的真理の伝道を始めるときに必要な基本的な心構え」については、東京スピリチュアリズムサークルのHP “2019年12月 読書会のポイントと感想”、またはスピリチュアリズム普及会のHPの“ニューズレター30号”をご覧ください。

※なお、引用にあたっては、スピリチュアリズム普及会の許可を得ています。

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      ◎シルバーバーチの言葉

◆「じっくりと時を待つことです。人間のいちばんいけない点は、何でも性急(せっかち)に求めすぎるということです。その態度と見ていると、まるで大霊に代わって自分が早く片付けてしまいたいと思っているかのようです。何年もの間モグラのように暗闇の中にいたのが、ある日ふと見上げて、“光”というものがあることを知ります。すると
もう、それに夢中になって、今すぐにでも世の中を変えてしまわないと気が済まないような態度を取り始めます。
 そう簡単に行くものではありません。霊に関わることは、ゆっくりと、霊妙に、しかし確実に進化するものです。霊的成長、霊的感性、霊的理解力というものは、アクセルを踏んで一気に進めるわけには行かないものです。」       (『シルバーバーチの新たなる啓示』 P81~P82 ハート出版)

◆「私たちの仕事はかならず一個の人間から始めます。人類全体も、個が集まって構成されているからです。
 一人、そしてまた一人と、非常にゆっくりとした根気のいる仕事ではありますが、それ以外に方法がないのです。大勢の人を一度に変えようとしても、必ず失敗します。暗示が解け、ふつうの感覚に戻った時、すべてが忘れ去られます。そうした一時の興奮から目覚めた者は、気恥ずかしささえ味わうものです。         (『シルバーバーチのスピリチュアル・メッセージ』 P118 ハート出版)

◆「何事も人間の力だけでは成就し得ません。人間が何かを始める時、そこには必ずこちらからの援助が加味されます。私たちは常に道具を探し求めております。人間の方から霊力の波長に合わせる努力をしていただかねばなりません。」      (『シルバーバーチのスピリチュアル・メッセージ』 P128 ハート出版)

◆「もし私たちが、たった一個の魂を引き上げてあげることができたら、喪の悲しみに沈んでいる魂に慰めを与え、意気消沈している魂に希望を与え、人生に疲れきった魂に生きる力を与えてあげることができたら、それだけで十分に価値ある仕事をしたことになるのではないでしょうか。」      (『シルバーバーチの教え・上』 P45 スピリチュアリズム普及会)



「“霊的真理の発表”という貴重な体験をすることができました」     (東京スピリチュアリズムサークル2019年11月の読書会に参加して)


 今回の読書会は、9月から続いてきた“真理を語る練習”の3回目でした。一つの区切り・総仕上げ、ということで、なるべく多くの方に発表して欲しいという主催者の方の意向で、5名が発表しました。

 10月の読書会が終わってしばらくして、主催者の方から声を掛けていただいた時は、どうしようかと迷いました。というのは、9月の時の2人の方のすばらしい発表を聞いて、今の私の力ではとてもできそうにないと思っていたからです。今回はパスしようかとも思いましたが、よく考えてみれば、このような機会はたとえ望んだとしてもそう簡単に得られるものではありません。といってやるだけの自信もありません。そこで取りあえず、説明のための原稿を作ってみることにしました。テーマは9月のグループ練習の時の“『シルバーバーチの教え』の編集者まえがき”にしましたが、その時の内容に今一つ物足りなさを感じていたので、もう一度学び直そうと思い、スピリチュアリズム普及会のHPの資料やニューズレターを読んでみました。すると、一番大事な観点が足りていなかったことに気がつき、結局ほとんど最初からやり直すことになってしまいました。

 全体の構成や流れを試行錯誤しながら格闘すること数日間。途中で何度も行き詰りそうになりながらも、どうにかこうにか一応の形にはなりました。が、今度は“はたしてこんな程度のもので発表していいのだろうか?”、との思いがでてきてなかなか決心がつきません。それでも“内容の良し悪しは別にして、挑戦することに意義があるのだから”、と半ば強引に自分を納得させてやっと覚悟を決めることができました。


 読書会当日、いつもよりはるかに緊張して会場に着いた私ですが、緊張していたのは私だけではなく、発表を控えている他の4名の方も同様でした。“できることなら早い順番で発表を終らせたい”と思っていた私の望みは見事に裏切られて、よりによっていちばん最後になってしまい、その結果ずっと緊張したままです。でも、ここまできたら逃げも隠れもできませんのでもうやるしかありません。

 4名の方の発表は、パソコンを使って資料をふんだんに用意されたり、とてもカラフルで新しい形のパネルを使用したり、落ち着いた感じの話し方に気を配ったり、とそれぞれの方がいろいろと工夫をされていて参考になることが多くありました。皆さん家で練習を積み重ねてきたのがよく分かり、何よりも“伝えたい”という気持ちがとても強く伝わってきました。

 私の発表は、声の大きさや話すスピードには、ある程度気をつけて話すことができました。しかし、途中で一度言葉に詰まってしまい、原稿の中から続きの箇所を探すのに手間取り、20秒近く空白の時間を作るという大失敗をやってしまいました。家で練習していた時には、一度も間違えたりつっかえたりしたことがない場所だったので、虚を突かれた感じでした。自分が原稿のどのあたりを話しているのかを確認しながらやればよかったと後悔しています。その後の皆さんの感想でとても参考になる改善点を指摘していただき、失敗はあったものの結果を恐れずに挑戦してよかったと今は思っています。


 すべての発表が終わったあと、主催者の方が、「よきスピリチュアリストになるための準備」というテーマでお話してくださいました。
 10月の読書会で学んだように、スピリチュアリストならではの“利他愛の実践”が“霊的真理を人に伝える”ことです。しかし、霊界の導きにより霊的真理と出会い、真理を知ったからといって、すぐに人に伝えようとすると、自分の考えを相手に押しつける自己中心の伝道になってしまいます。スピリチュアリズム運動の主役は霊界です。霊界中心の利他愛の実践・伝道をするためには、まず、「自分自身を霊的に新生させる」という準備をする必要があるのです。「自分自身の霊的新生」とは、“霊的真理で自分を作り変える”ということです。そのための具体的な方法として、「祈り」「徹底した真理の学習と実践」「基本的な心構えの確立」「霊主肉従の努力」の4つがあるのですが、これらは人に頼らず自分の力で努力して成し遂げていかなければなりません。こうした準備ができた後に、初めて“真理の伝道”ができるようになるのです。


 私はこのお話を聞いているうちに、“自分は基本的な霊主肉従の努力でさえ満足にできていないのに、人に伝える練習など始めてしまっていいのかしら?”と思いました。しかし、これらの準備は同時進行で進めていくものだということを知り、安心しました。そして、“どこまでたどり着つけるのかは分からないけれども、余計なことは考えずにとにかく霊界の道具にほんのわずかでも近づけるように努力していこう!”という力強い思いが湧き上がってきました。


 ※「自分自身の霊的新生」については、東京スピリチュアリズムサークルのHP “2019年11月 読書会のポイントと感想”、またはスピリチュアリズム普及会のHPの“ニューズレター30号”をご覧ください。

 ※なお、引用にあたっては、スピリチュアリズム普及会の許可を得ています。

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        ◎シルバーバーチの言葉

◆「教えを説く者には深刻な責任があることは、ここにおいでの皆さんがご存知ないはずはありません。知識には責任が伴うことを何度申し上げたことでしょう。自分を他の人たちより高め、人を教え導きたいと思うのであれば、まずは自分自身が拠って立つ足場をしっかりと固めないといけません。
 徹底的に探究し試してみることを怠り、批判に身をさらすこともせずに自己満足し、本当かどうかの確信もないまま人に教えを説くようなことをしていると、その怠慢と軽率さに大きな代償を払わされる時が必ず来ます」     (『シルバーバーチのスピリチュアルメッセージ』P69~P70 ハート出版)

◆「霊的成長は他人から与えられるものではないということです。自分で成長していくのです。自分を改造するのはあくまでも自分であって、他人によって改造されるものではなく、他人を改造することもできないのです。(中略) 自分で自分を変えるしかないのです。」
  (『シルバーバーチの霊訓1』 P118~P119 スピリチュアリズム普及会)

◆「しかし忘れないでいただきたいのは、皆さん方のような地上での道具がなくては、わたしたちも何も為しえないということです。皆さんはわたしたちに闘いのための武具を供給してくださっているようなものなのです。皆さんの力をお借りする以外に地上には頼りにすべき手だてが何もないのです。喜んでわたしたちに身をゆだねてくださる人以外に、道具とすべきものがないのです。
 その道具が多すぎて困るということは決してありません。こちらの世界では、使用に耐えられる人物の出現を今か今かと待ちうけている霊がいくらでもいるのです。  (中略)
 もっともっと多くの人材――これがわたしたちの大きな叫びです。いつでも自我を滅却する用意のできた、勇気と誠意と率直さにあふれた男女――霊力がふんだんに地上世界へ降下して人生を大霊の意図された通りに豊かさと美しさと光輝にあふれたものにするためならいかなる犠牲をも厭わない人材がほしいのです。     (『霊性進化の道しるべ』 P115~P116   スピリチュアリズム普及会)




 「何人ものすばらしい講義を聞くことができました」             (東京スピリチュアリズムサークル2019年10月の読書会に参加して)


 今回の読書会は、「霊的真理を語る練習」の2回目でした。グループでお互いに練習し合った後に、二人の方が参加者全員を前にして講義をしてくださいました。お二人とも、それぞれに工夫をされていて、とても簡潔でわかりやすい説明でした。

 人に霊的真理を伝えようとすると説明するための文章を考えないとならないのですが、そのためには、まず、真理そのものを自分がきちんと理解できていないといけません。理解があやふやな所は説明も焦点がぼやけたものになってしまいます。読書会で講義を聞いていた時はわかっているつもりだった内容でも、人に伝えるためにはもう一段深く理解する必要があるからです。私自身も自分の理解不足を補うために、いつも学び直しを迫られます。それでもどうしても本当の意味で理解できない部分が出てきて歯がゆい思いをすることは、私にとってはそれほど珍しいことではありません。それだけに、お二人が説明のための文章をあそこまでまとめられるのにどれ程の苦労をされたのかを想像することができ、その努力の積み重ねの大きさには頭が下がります。さらに、話すスピードや間の取り方、声の調子などにも気配りがされていて、それらは聞いている人の心を惹(ひ)きつける強い力を生み出していました。 


 お二人の講義の後、読書会の主催者の方から、今、私たちが取り組んでいる、霊的真理を語る練習・真理を伝える練習が、「スピリチュアリストの利他愛の実践」という観点から見たときに、どのような意味をもっているかについてのお話がありました。

 シルバーバーチは霊訓の中で、「人のために役立つことをしなさい」と何度も繰り返して、「利他愛の実践」の大切さを述べています。“困っている人を助けること”としてすぐに思い浮かぶのがボランティア活動です。つい最近の台風15号・19号や、それに伴う大雨で洪水などの被害に見舞われて途方に暮れていらっしゃる方々の映像をテレビなどに見ると、(今の私には体力的に無理なのですが)できることならすぐにでも飛んで行ってお手伝いしたい気持ちにかられます。そして、自分の時間を割いて復旧作業を手伝われている方たちを見ると、その犠牲精神に心を動かされます。その行いはとても大切なことだと思います。しかし、スピリチュアリスト(霊的真理を知っている者)は、先程のシルバーバーチの言葉をもっと深い意味で捉えていかなければならないのです。

 今、スピリチュアリストが知っている霊的知識は、死後、永遠の霊界生活を送る中でも役に立つ知識です。が、その知識を手にしている人は、人類全体から見たとき、まだごくわずかな人数しかいません。霊的真理を伝えることによる魂レベルの奉仕は、スピリチュアリストにしかできないことです。そしてその“利他愛の実践”のための第一歩が今やっている“語る練習”です。肉体レベルや物質レベルの奉仕をすることはスピリチュアリストにとっては当たり前のこと。その上でスピリチュアリストには、“霊的真理を伝える”という魂レベルの奉仕を中心に据えて利他愛を実践していくことが求められているのです。


 私はこの話を聞いた時、シルバーバーチがよく語っている「霊的真理を知った者の義務と責任」という言葉を思い出しました。そして、シルバーバーチの霊訓に出会ったことが、今まで私が考えていた以上に深い意味があるのだと知りました。

 私はまだ自分自身のことをスピリチュアリストだとは思っていません。それは、私の考えるスピリチュアリストというのは、“霊的真理をきちんと日常生活の中で実践できている人”だからです。しかし、霊界の導きで私が霊的真理に出会ったことは紛れもない事実です。高級霊たちがたくさんの苦労と大きな犠牲を払って降ろしてくださった霊的真理を手にしているこの事実は動かしようがありません。霊界の方々は私に霊的真理を伝えて人々に魂レベルの奉仕をする機会を与えてくださったのです。それをあらためて理解した時、“地上界でそれが実現できるかできないかは問題ではなく、その目標に向かって努力をしていくことが大切なのだ”、との思いが浮かび、その思いに静かに満たされていく自分がいました。


 ※読書会や参加者の感想については、東京スピリチュアリズムサークルのHP “2019年10月 読書会のポイントと感想”をご覧ください。

 ※なお、引用にあたっては、スピリチュアリズム普及会の許可を得ています。

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     ◎シルバーバーチの言葉

◆ ——霊訓の読者からの感謝の手紙に答えて——     
「魂が目を覚(さ)ました人間からこうしたメッセージを受けて私こそ感謝の念を禁じ得ません。私も彼と共に神に感謝の祈りを捧げましょう。しかし彼にこう伝えてください彼が暗闇(くらやみ)の中から這(は)い出て光明を見出したように、つまり己の誤りから長いあいだ苦悩の道を歩んだのちに真理を見出したように、こんどは他人にそうしてあげなければならない。即ち人生の不安を和(やわ)らげ未だ味わえずにいる心の安らぎを見出すことができるよう、手助けをしてあげなければいけないということです。その人の体験を単なる結果として終わらせずに誘発剤としなければならない——つまりその真理を他人に授けなければならないということです。」   
 (『シルバーバーチの霊訓2』 P5~P6 スピリチュアリズム普及会)

◆「嘆かわしいほど無知な人々——自分が霊的存在であることを知らず、したがって“死”の彼方にも生活があることを知らずにいる人々に、そうした基本的な知識を広めるために、われわれがしなければならないことが山ほどあります。
 せっかくのこの地上生活を、霊的実在について聞く耳も、語る口も、見る目も持ち合わせないまま終えてしまう、数え切れないほど多くの人たちのことを思うと、何たる悲劇!と叫ばずにはおれません。これは大悲劇です。われわれの努力はそういう人たちに向けられねばならないのです。人生の本当の意義を全うするためには、真実の自分に目覚めないといけないからです。」  
(『地上人類への最高の福音』 P182  スピリチュアリズム普及会)



 「初めての試みにチャレンジしてきました」  (東京スピリチュアリズムサークル2019年9月の読書会に参加して)


 7月の読書会でその日の学習が終わった時のことです。読書会の主催者の方の、「9月の読書会では、皆さんに真理を語る練習をしていただこうと思います。」との言葉を聞いた参加者たちの間に緊張感が走りました。昨年の12月に、「今まで学習した内容を少しでも人に語れるように、テーマを決めて各自で練習するようにしてください。」とのお話があり、それをきっかけに、学び合ういくつかのグループができたりしています。

 私の場合、自宅が参加者の皆さんと離れていることもあり、独りで練習してはいましたが、今一つうまくいかず手探り状態でした。しかし、“9月の読書会”という期限ができた以上、いいかげんなままにしておくわけにはいきません。そこでテーマを2019年2月に学んだ中から“『シルバーバーチの教え・上』の編集者まえがき”に決めて、説明のための原稿を作り始めました。この“編集者まえがき”には、シルバーバーチの霊訓がどんな霊訓なのか・シルバーバーチはどんな役目を担っていたのか、など大切なことが書かれています。 (※詳しくは2019年2月の記事をご覧ください。)

 始めは話す内容がわからなくなるといけないと思い、読み上げる調子の原稿を作成し、原稿を見る回数を少なくなるようにして練習してみました。が、どうも今一つノリが悪いというか、心がこもっていない感じになり、話がうまく流れないのです。いろいろ試しているうちに、たとえ言い間違いや言葉に詰まることがあっても、原稿から離れて話す方が気持ちが伝わることに気がつきました。とはいえ、まったくの原稿なしでは今の私の力量では立ち往生する危険性が“大”です。さてどうしたものか、と頭を捻りながら試行錯誤すること数日。その結果ポイントになる言葉がすぐ目に入るようにして、その言葉から説明できるように練習することで、何とか伝えたいという気持ちを少しは形にするまでに漕ぎつけました。


 読書会当日、いつもより少し緊張感を抱いて会場へ向かった私ですが、他の参加者の方たちのお顔にも、引き締まった表情が浮かんでいるようでした。

 本番では、幸いに大きな事故は起こさずに話すことができました。練習どおりにうまく進んだ部分もありましたが、話しながらもう少し的確な説明ができるのではないかと感じたところもありました。いくつかのグループに分かれて少人数に向けての説明でしたので、あまり大きな声にならない方がいいかと思ったのですが、どうやらもう少し大きな声で話したほうがよかったようです。

 同じグループの中に、若い年齢の方がいらして、パソコンを自在に駆使した資料や説明に目を見張りました。インターネットを始めたのが東日本大震災の後で、パソコンの操作に苦戦している私には羨ましい限りです。説明にも“伝えたい”という思いがあふれていて、その若いエネルギーは私に躍動感を味わわせてくれました。


 今まで“講義を聞く”という受け身の学びをずっと続けてきましたが、今回“真理を語る”という能動的な学びを体験させていただきました。予想していたとおり、準備の段階から手を焼きましたが、それは今までとは角度の異なる貴重な経験になりました。語る練習は、10月・11月とあと2回あります。真理を知った者には、それを他の人に伝える義務と責任があります。一つでも多くの真理を語れるように準備と改良を重ねてレパートリーを少しずつ増やしていきたい、との思いがふつふつと湧き上がってきました。

 ※読書会や参加者の感想については、東京スピリチュアリズムサークルのHP “2019年9月 読書会の学習ポイントと感想”をご覧ください。
 ※なお、引用にあたっては、スピリチュアリズム普及会の許可を得ています。

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       ◎シルバーバーチの言葉

◆「こうして語っている私のささやかな言葉が、少しでもあなた方にとって役に立つものであれば、その言葉は当然、それを知らずにいるあなた方以外の人々にも、語り継がれていくべきです。自分が手にした真理を次の人に伝えてあげる——それが真理を知った者の義務です。それが摂理なのだと、私は理解しております。」           (『シルバーバーチの教え・上』 P35 スピリチュアリズム普及会)


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