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「人間にとって霊界の存在は、どんな意味があるのでしょうか?」        (東京スピリチュアリズムサークル4月の読書会に参加して)

 
 皆さんは「霊界」についてどんな考えをお持ちでしょうか。10代の頃の私は何度か、“神様なんかいない、この世の中がすべてだ”と考えた時期もありましたが、どういうわけか長くは続きませんでした。いつのまにか“そうは言っても科学ですべてが分かっているわけではないし、やっぱり見えない世界はあるのでは…”との考えに戻ってしまうのです。そんな自分をある意味不思議な気持ちで見つめていました(今ではそれは霊的本能だったと分かるのですが…)。その後、宗教団体に入ったりして、神やあの世を信じるようになってはいました。しかしそれは厚い霧を通してうっすらとおぼろげに見ているようで、そのモヤモヤとした感じにいつももどかしい思いを抱えていました。答えを知りたくていろいろな本を何十冊も読みましたが、分かったような分からないような内容のものばかりで納得できるものはありませんでした。それをはっきりとした言葉で明確にそして豊富に語ってくれたのが『シルバーバーチの霊訓』でした。

 今の私にとって霊界の存在は当たり前のことになっています。しかしそれを『霊的世界観』というまとまった形で考えたことはありませんでした。このような視点で学ぶとバラバラだった霊界の知識が整理されてより深く理解できるようになるのが分かりました。
『霊的世界観』には、「霊界の本質」「霊界の実態」「地上人と霊界の関係」という3つの観点がありますが、今回はまず「霊界の本質」についてお伝えしたいと思います。


 「霊界の本質」とは、人間にとって霊界が存在することの本質的意味です。“本質的意味”というと少しわかりにくいのですが、これは人間にとって霊界が存在することの最も重要な意味ということです。「霊界の本質」には3つのポイントがあります。1つ目は

①「霊界は人間にとって、本来(メイン)の生活場所であり、人間にとって永遠の住処」だということです。
 地上世界は一時的に短期間だけ滞在する仮の住処(すみか)であり、地上生活を終えて霊界で新たな生活を始めるための準備の場所です。地上生活というのはそのための準備期間にすぎないのです。この「人間にとって本来の生活の場所は霊界で、地上生活は一時的な借りの滞在場所だ」ということは、実はシルバーバーチが人類に初めて伝えてくれたことなのです。今までの宗教でも死後の世界、つまり“霊界”があると説いてきました。しかし、その教えのメインとなるのは地上世界であって、“霊界”というのは地上生活の単なる延長という位置づけでした。シルバーバーチの説く「霊界生活がメインであり地上生活はサブだ」という霊界についての訓えは、これまでの地上人の常識や宗教の教義を180度逆さにした画期的なものだったのです。

 この霊的事実を知ると、“死”という人間にとって最大の恐怖に対する考え方がガラリと変わってきます。地上人生というのは永遠に続く霊界人生から見ればホンのわずかな期間にすぎないことが理解できるようになるからです。地上世界でいう“死”は実は霊界という本来の素晴らしい世界への新たなる誕生の時、喜びにあふれる時なのです。私はこれを最初に知った時、“ああ、よかった!”と喜んでしまいました。というのも戦争や世の中の悲惨な事件を見るたびに“宗教に地獄の話があるけれども、この世も十分地獄だ。これでは戦争や事件で死んだ人は報われないなあ…”と思っていたからです。話が少しそれましたが、

 霊界の本質の2つ目のポイントは、
②「人間は、霊界と地上世界の両方にわたって存在している」ということです。
 人間は、霊・霊の心・霊体という3つの霊的要素と、本能(肉の心)・肉体という2つの物質的要素の5つの要素を合わせ持った存在です。3つの霊的要素は霊界に所属し、2つの物質的要素は地上界に所属しています。つまり人間は、肉体と霊体の両方を持っているので地上界と霊界という二つの世界にまたがって存在していることになるのです。私たちは死んでから霊界人になるのではなく、地上生活を送っている今、地上人であると同時に霊界人でもあるのです。

 3つ目のポイントは、
③「地上人は死後、全員、霊界に入って新しい生活を始めるようになる」ということです。
 今までの宗教では、人間は死ぬと天国(または極楽)に行くか地獄に行くかの二つに分かれると説いてきました。しかし実際はすべての人間が“霊界”へ行きます。どんなに悪事を積み重ねた人でも、どんなに素晴らしい行いをした人でも、すべての人間が“霊界”という一つの世界へ行くのです。霊界で新しい生活を始めると、肉体の束縛から解放された霊的能力が発揮され、霊的視野が開きます。すると地上時代に持っていた視野や考え方が大きく変化するのです。その開けた霊的視野で地上時代の自分を振り返って、自分の行いや霊的な学びをしなかったことに後悔する人がいます。その一方で霊的真理に出会えたことや真理の普及・実践に励めたことを感謝する人もいるのです。


 私はこの事実を知った時、シルバーバーチの霊訓に出会えたことと読書会に参加できることへの感謝の気持ちが新たに湧いてきました。そして霊界へ戻った時に後悔しないように苦しみや困難にまっすぐ向き合っていこうと思いました。今でも大勢の人々が霊的真理を知らないために“地獄”へ行くことを恐れて、間違った教義に魂を縛られ、ほとんど意味のない儀式や祈りを日々繰り返しています。その方たちが霊界へ行って真実を知った折にどれほどの後悔の念を持たれることになるのかを考えると、居ても立っても居られない思いがします。そして少しでも多くの人に霊的真理が届けられるようになることを願う気持ちがよりいっそう強くなるのです。


 ※「霊界の本質」についての詳しい内容は、“東京スピリチュアリズムサークルHP “学習の感想とポイント(2019年4月)” ;スピリチュアリズム普及会HP “『シルバーバーチの霊訓』の画期的な死後世界観(他界観)”をご覧ください。

   ※なお、引用にあたっては、スピリチュアリズム普及会の許可を得ています。

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◎シルバーバーチの言葉

●ポイント①について
○「種子が暗い土の中に埋められるのは、養分を摂取して発芽後の成長に備えるためです。それと同じく、人間の生命の種子が物質界という暗黒の世界に生まれてくるのは、霊界へ戻ってからの進化に備えて地上生活での体験を積むためです。」    (『シルバーバーチの教え・上』 P160 スピリチュアリズム普及会)

○「忘れないでいただきたいのは、地上生活は永遠の生命活動の中のホンの一かけらにすぎないということです。ただの影を実在と思い違いをなさらないでください。」   (『霊性進化の道しるべ』 P99 スピリチュアリズム普及会)  
 
○「物的身体に宿っている皆さんは、今生きている地上生活だけのことを考えます。それに引きかえ地上を去った私たちは、地上生活を無限に続く進化の歩みの中のほんのわずかな期間として捉えます。」   (『シルバーバーチの教え・下』 スピリチュアリズム普及会)

○「人生の究極の目的は、地上も死後も、霊性を開発することにあります。物質界に誕生してくるのもそのためです。その目的に適った地上生活を送れば、霊はしかるべき発達を遂げ、次の生活の場に正しく適応できる霊性を身につけた時点で死を迎えます。」   (『霊的新時代の到来』 P113スピリチュアリズム普及会)  
 
○「地上生活の目的はいたって簡単なことです。死後に待ちうける次の生活にそなえて、本来のあなたであるところの霊性を強固にすることです。身支度を整えるのです。開発するのです。」   (『霊的新時代の到来』 P196 スピリチュアリズム普及会) 
 
○「大霊の一部が物質に宿って、次の段階の生活にふさわしい力を身につけるために地上体験を積みます。それはちょうど、子供が学校へ通って、卒業後の人生にそなえるのと同じです。」   (『霊的新時代の到来』 P255 スピリチュアリズム普及会)


●ポイント②について
○「あなた方は今この時も霊的世界に生きているのです。」 (『シルバーバーチの教え・上』 P37 スピリチュアリズム普及会)

○「あなた自身は気がつかなくても、あなたは今わたしの世界である霊界にいるのと同じことです。」   (『地上人類への最高の福音』 P33 スピリチュアリズム普及会)


●ポイント③について
○「いちばん残念に思うのは、やるべきことをやらないで終わったことです。あなたもこちらへお出でになれば分かります。きちんと成し遂げたこと、やるべきだったのに怠ったこと、そうしたことがすべて分かります。逃してしまったチャンスがいくつもあったことを知って後悔するのです。」   (『シルバーバーチの教え・下』 P109 スピリチュアリズム普及会)

○ 「そのうちあなたも地上人生を明確な視野のもとで見つめ直す時がまいります。その時、苦難こそ最も大切な教訓を教えてくれていること。もしもあの時あれだけ苦しまなかったら、悟りは得られなかったであろうことを、しみじみ実感なさいます。」  (『地上人類への最高の福音』 P48 スピリチュアリズム普及会)

○「この世的な富を蓄積していると、それなりの代価を支払わされます。つまり地上的なものに心を奪われて、その分だけ霊としての義務を怠れば、地上的な富は増えても、こちらの世界へ来てみると、自分がいかに見すぼらしいかを思い知らされます。」   (『霊的新時代の到来』 P65 スピリチュアリズム普及会)


「交霊会を開くためにシルバーバーチはどんな準備をしたのでしょうか」     (東京スピリチュアリズムサークル3月の読書会に参加して)


 皆さんはシルバーバーチの交霊会が開かれるまでに、どんな準備がされていたのかをご存知でしょうか?
これについてはハンネン・スワッファーが書いた「序文『シルバーバーチの教え・上』P12~10」や、バーバネルの遺稿「シルバーバーチと私『霊性進化の道しるべ』P256~P266」の中で、バーバネルが交霊会に参加するようになったいきさつや初めて入神した時のようすが、それぞれの立場で述べられています。ハンネン・スワッファーは、当時「フリート街の法王(ジャーナリズム界のご意見番)」といわれていた有名人で、モーリス・バーバネルは、シルバーバーチの霊媒を務めた人です。この二人は地上人の視点でその時のようすや感じたことを伝えてくれています。では霊界ではいったいどんな準備がされていたのでしょうか。そこで今回は霊界の視点、つまりシルバーバーチの視点に立って交霊会を開くようになるまでの準備のようすを、『シルバーバーチの教え・上』の1章を参考にしながらお伝えしたいと思います。(※本文は後ろに載せてあります)

 シルバーバーチはイエスを中心とした高級霊団から、霊的真理を地上へ届ける役目をしてほしいと依頼され、彼はそれを使命として引き受けました。その時メッセージを受け取ってくれる霊媒が必要なことを知らされたシルバーバーチが霊界で探し出したのが、本文の中で“この霊媒”と表現されているバーバネルだったのです。そしてシルバーバーチはバーバネルが母胎に宿る前から働きかけを始めていました。

 私はこの部分を最初に読んだ時は驚きました。それまでの私は、すでに地上に生まれている人の中から通信霊と波長の合う人を選んで通信を送ってきているのだとばかり思っていたからです。まさか霊界にいる時、それもわざわざ通信を送るのにふさわしい人(霊)を探し出しているなどとは考えたこともありませんでした。

 バーバネルが地上に誕生してからもシルバーバーチは片時もそばを離れずに、霊と精神だけでなく肉体的なものにまで気を配りながら一体関係を進めていったのです。そして霊的真理を理解できるようにするためにいろいろな宗教を学ばせましたが、その結果、バーバネルは無神論者になってしまいました。“無神論者ではなく敬虔な信仰者にしたほうがよかったのでは?“と考えがちですが、意外にもシルバーバーチは反対の方向に導きました。それはスピリチュアリズムという新しい霊的真理を受け入れるためには先入観がないほうがよかったからなのです。

 こうして霊媒としての準備が整ったところで、シルバーバーチはバーバネルをすでに行われていた交霊会へ出席させました。そしてその交霊会へ二度目に出席した時に霊界から強力に働きかけてバーバネルを入神させ、彼の口を使って言葉を発したのです。これがバーバネルの霊媒としてのデビューになりました。この時バーバネルは18歳でしたから、シルバーバーチは実に18年以上の歳月をかけて準備をしていたことになります。


その後、シルバーバーチとバーバネルの一体関係はますます磨きがかかり、シルバーバーチは自分の考えを100%伝えられるようになります。“それは当たり前のことでしょう…”という声が聞こえてきそうですが、実はそうではないのです。

“霊界通信”というとその通信内容は通信霊のものだと考えてしまいますが、実際はそうではないことが多いのです。それは霊界通信で通信霊が自分の考え(メッセージ)を地上人に伝えるためには、霊媒の潜在意識の中にある言語を用いてメッセージを言葉に置き換えなければならないからです。言葉にならなければ私たちは通信霊の考えを理解することができません。ところがその言語化する過程で霊媒自身の記憶や意識や願望が混じってしまうことがとても多いのです。どのくらい霊媒の潜在意識が混じっているのかは、これを聞いている人間には判断がつきません。中にはいつのまにか霊媒の潜在意識から出てきたものだけになっていた、ということもあるのです。このようにほとんどの霊界通信には霊媒の潜在意識が混じっているのです。

 しかしシルバーバーチは、「今はこの霊媒の潜在意識に邪魔されることなく、私の考えを100%伝えることができます。」といっています。『シルバーバーチの霊訓』からはバーバネルの潜在意識は完全に排除されていて、すべてがシルバーバーチの考え・思想だということです。シルバーバーチの霊訓は、霊界通信として完成の域に達して最高レベルの稀にみる純粋な霊界通信なのです。
 そしてシルバーバーチが準備したのは霊媒のバーバネルだけではありません。驚くことにスワッファーを始めとする交霊会のメンバー一人ひとりにも働きかけをしていました。交霊会のメンバーは偶然に集まったわけではなく、実はシルバーバーチが集めていたのです。それを端的に表しているのが「私がここへ、あなた方を導いたのです」というシルバーバーチの言葉です。

 シルバーバーチが交霊会の舞台裏を語ってくれたことで、すべてが霊界からの導きであったことが明らかになりました。そのシルバーバーチは霊界のイエスから依頼を受けたわけですから、スピリチュアリズムは霊界から始められたもの、つまり“霊界主導”だということがよく分かります。そして“何とかして地球人類を救いたい!”というイエスたちの深く強い願いを込めた働きかけは、バーバネルの他界によって終わりになったのではありません。今この時も、そしてこれから先もずっと続いていくのです。


私は読書会に参加するまでは、自分がシルバーバーチの霊訓に出会ったのは偶然だと思っていました。しかし、読書会での学びを続けるうちに、それまでの体験が霊的真理と出会うためにすべて必要だったこと、守護霊を始めとする霊界からの導きがあったからこそ霊的真理であるシルバーバーチの霊訓と出会えたことが少しずつ分かってきました。私と“シルバーバーチの霊訓”との出会いは決して偶然ではなかったのです。そして読書会で霊的真理を知るまでの、霊界からの静かで悠然とした大きな導きの流れの中にいる自分を感じた時、私は心(魂)の震えとともに大きな感動に包まれていたのでした。


 ※霊界からの導きについての詳しい内容は、東京スピリチュアリズムサークルHP 学習の感想とポイント(2019年3月)をご覧ください。
 ※『シルバーバーチの教え・上』及び『霊性進化の道しるべ』は、いずれもスピリチュアリズム普及会から出版されています。


   ※なお、引用にあたっては、スピリチュアリズム普及会の許可を得ています。

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    ◎シルバーバーチの言葉

●『シルバーバーチの教え・上』1章 (P22~P24)
「ずいぶん前の話になりますが、他の多くの指導霊と同じように私も地上圏に降りて協力者の一団を集め、霊的メッセージを地上界へ届ける仕事を引き受けてくれないかとの懇請を受けたとき、私はそれを使命としてお引き受けしました。
 そのためには、メッセージを受け取ってくれる霊媒を探し出す必要があることも知らされました。そこで私は霊界の記録簿を調べ、この霊媒に白羽の矢を立てました。
 それは、この霊媒がまだ母胎に宿る前の話です。私は彼が母胎に宿る一瞬を注意深く待ち、いよいよ宿って自我を発現し始めた瞬間——と言っても、まだほのかな明かり程度のものにすぎませんでしたが——から私なりの影響力を行使し、今日まで続いている一体関係がその時から始まったのです。
私はこの人間の霊とその小さな精神の形成に関与しました。誕生後も日常生活のあらゆる側面を細かく観察し、互いの一体関係を促進し、物の考え方や身体上の癖を飲み込むように努めました。つまり私は、この霊媒を霊と精神と肉体の三面から徹底的に研究したわけです。
次に私がしなければならなかったことは、この霊媒を霊的真理の理解へ向けて指導することでした。まず、地上の宗教を数多く勉強させました。そして最終的には彼はそのいずれにも反発を覚えて、いわゆる無神論者になってしまいました。が、それはそれなりに当人の精神的開発にとって意味があったのです。これで「霊言霊媒」となるべき一通りの準備が整いました。
ある日、私は周到な準備のもとに初めて彼を交霊会へ出席させ、彼の口を使って私の意思を発言してみました。いかにもぎごちなく、内容もつまらないものでしたが、私にとっては実に意義深い体験だったのです。
その後は回を追うごとにコントロールがうまくなり、今ではご覧の通りにまでなりました。今はこの霊媒の潜在意識に邪魔されることなく、私の考えを百パーセント伝えることができます。
 ここで私自身の使命についてお話ししたいと思います。先程申した通り私はさる筋から使命を仰せつかったのですが、そのときこう言われたのです。“使命を果たすためには、あなたは物質界まで降りなければなりません。そして適当な道具(霊媒)を見つけてから、その霊媒と霊的に親近性のある人間を数名選び出し、その霊媒を通してあなたがメッセージを語る場を用意しなくてはなりません。”その言葉通り、私がここへ、あなた方を導いたのです。」

●霊媒の潜在意識について
 「私はこの霊媒の語彙(ごい)(記憶している言葉)の制約を受けるだけでなく、霊媒の魂の進化の程度による制約も受けます。霊媒が霊的に成長すればその分だけ、それまで表現できなかったことが表現できるようになるのです。
 今ではこの霊媒の脳のどこにどんな単語があるのかが分かっていますから、それらを何とか駆使して、私の思ったことやここへ来るまでに用意した思想を百パーセント表現することができます。
 この霊媒を通じて語り始めた頃は、霊媒の脳の中にある一つの単語を使おうとすると、それとつながった不要な単語まで出てきて困りました。神経、特に脳の中枢全体をコントロールする術(すべ)を身につけなければなりませんでした。それによって必要な単語だけを用いることができるようになりました。」
(『シルバーバーチの教え・下』P10~P11 スピリチュアリズム普及会)


「シルバーバーチの霊訓と他の霊界通信とは何が違うのでしょうか」      (東京スピリチュアリズムサークル2月の読書会に参加して)


 書店のコーナーやインターネットのサイトには、とてもたくさんの霊界通信の本が並んでいます。皆さんは、それらの霊界通信とシルバーバーチの霊訓との違いをご存知でしょうか?今回は、これについてお伝えしてみようと思います。


 シルバーバーチの霊訓に、『シルバーバーチの教え』(原題は『Teachings of Silver Birch』)という本があります。この本を編集したA・W・オースティンは、シルバーバーチの霊媒だったバーバネルが編集長を務めていたサイキックニューズ社のスタッフでした。霊性の優れたとても頭の切れる有能な人で、それはこの本の編集にも表れています。

 そのオースティンが書いた、“編集者まえがき”の冒頭に、「シルバーバーチは、これは自分の教えではなく、自分の所属界よりもさらに高い界層から送られてきたものを自分が中継しているにすぎないと言う。」(『シルバーバーチの教え・上』 P9)、という一文があります。本の前書きのしかも一番始めの文章ですので、つい読み過ごしてしまいがちですが、実はここにはとても大切なことが書かれているのです。

 霊界通信の内容は、通信を送ってきた霊のものだと考えるのが普通です。しかし、シルバーバーチは、“シルバーバーチの霊訓は、シルバーバーチの考えた教えではなく、シルバーバーチよりもさらに高い霊界から送られてきたもので、彼はそれを地上へ伝えるための通訳、メッセンジャーの役目をしている”、と驚くようなことをいっています。さらにこの本の別の所(P27)で「私は、この地上へ私を派遣した高級霊団のマウスピースにすぎない」ともいっています。

 となると、“ではいったいシルバーバーチは誰の教えを語っているのだろう?”という疑問が当然のように浮かんできます。それについては、『霊性進化の道しるべ』(P238)の中で、「皆さんは今、霊界での審議会で用意された叡智がこのわたしを通して届けられるのをお聞きになっていらっしゃるのです。」と述べています。

 スピリチュアリズムの思想は、霊界の高級霊たちが、地上の悲劇や不幸の根本原因である霊的無知を何とかしてなくそうとして、イエスが中心になって組織された高級霊団によって起こされた「地球人類救済計画」です。そしてシルバーバーチの霊訓は、スピリチュアリズムの思想の集大成として降ろされたものです。その教え(霊的真理)を降ろすために高級霊団が審議会を開き、教えの内容を吟味し、それを伝える役目を任されたのがシルバーバーチだったのです。何とシルバーバーチの教えは、霊界の超高級霊(高級神霊)たちの教えだったのです。このことからシルバーバーチの霊訓と他の霊界通信とでは、その教えの内容がまったく次元の違うものであることがわかります。


 さらにシルバーバーチの霊訓と他の霊界通信との違いがもう一つあります。それは、霊訓が地上へ降ろされるまでの通信方法の違いです。

 先ほどの『シルバーバーチの教え・上』の序文(P12)に、「我々がシルバーバーチと呼んでいる霊は、実はレッド・インディアンではない。(中略)その霊はたいへんな高級界に所属していて、その次元からは直接地上界と接触できないために、かつて地上でレッド・インディアンだった霊の霊的身体を中継して我々に語りかけている。(後略)」という文章があります。

 一般的な霊界通信は、通信霊 → 地上の霊媒 → 交霊会 というプロセスで伝えられます。しかし、シルバーバーチは、地上への再生を必要としない段階にまで進化した高級霊です。“再生の必要がない”ということは、霊的純化が完全で物質性が残っていないということです。物質性のないシルバーバーチは、物質界である地上界に直接接触することはできません。そこで、まだ物質性を多く残している幽界の霊(レッド・インディアン)を通して地上の霊媒であるバーバネルに通信を送る、という方法を取ったのです。
 つまり、通信霊(シルバーバーチ) → 幽界の霊媒(レッド・インディアン) → 地上の霊媒(バーバネル) → 交霊会、というとても複雑な通信方法が取られていたわけです。これほど複雑な方法で送られてきたにもかかわらず、教えの内容が変化することはありませんでした。同じ地上にいる人間どうしでも、何人かの人を通す間に話の内容が変わってしまうことは珍しくありません。しかし、シルバーバーチの霊界通信は、複雑な過程を経ても教えの内容は正確さを保ち、しかもそれが約60年もの長い期間続けられたということは、奇跡的なことだといっても過言ではありません。

 また、ほとんどの霊界通信は、幽界から送られてきたものです。中には霊界下層の霊が伝えてくるものもありますが、それはとても稀なことです。まして、シルバーバーチのような物質性のない高級霊が送ってくることはほとんどありません。その点でも、シルバーバーチの霊訓がいかに特殊なものなのかが見て取れるのです。

 ※シルバーバーチの霊訓の通信プロセス・霊界との関係については、東京スピリチュアリズムサークルHP 学習の感想とポイント(2019年2月)をご覧ください。
 ※『シルバーバーチの教え・上』及び『霊性進化の道しるべ』は、いずれもスピリチュアリズム普及会から出版されています。


 私は、シルバーバーチの霊訓を読むようになってから、“シルバーバーチの交霊会はどんな風だったのかなあ”と思ったことが何度もあります。一度でよいので参加してみたかったとも思いました。しかし、実は現在に生きる私たちの方が当時の交霊会の参加者たちよりも恵まれている点があるのです。それは霊的真理の全体を見渡して、体系的に理解できることです。シルバーバーチの交霊会が行われている間は、次々と新しい霊的真理が降ろされます。当時の人たちはそれを伝えるのに追われて、真理の全体像を見ることはできませんでした。ちょうど新しい洞窟が発見されて、その洞窟の地図に次々と新しい通路が書き加えられている間は、その洞窟の全体図や構造を把握することができないのと同じです。しかし、交霊会を主催したスワッファーや霊媒のバーバネルやオースティンたちが、必死になって生涯をかけて後世の人類に伝えてくれたお陰で、今、私たちはシルバーバーチの霊訓を手にすることができているのです。私はその大先輩たちの意志を無駄にしないように真理の理解と実践に努めて、私たちに託されたバトンを次の人に渡していきたいとの思いを新たにしています。

   ※なお、引用にあたっては、スピリチュアリズム普及会の許可を得ています。

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    ◎シルバーバーチの言葉

●「私の役目は、私が所属する霊団からのメッセージお届けすることです。この霊媒と私自身の力量の範囲内で受け取ったものを、忠実に伝達する努力を続けてまいりました。」  (『シルバーバーチの教え・上』P27 スピリチュアリズム普及会)

●「私は一介の神の僕(しもべ)にすぎません。今まさに黎明(れいめい)を迎えんとしている新しい世界の一役を担うものとして、これまで忘れ去られてきた霊的法則を蘇(よみがえ)らせるために私を地上へ遣わした一団の通訳にすぎません。私のことをいつもマウスピース(代弁者)としてお考えください。」  (『シルバーバーチの霊訓・5』 P14 潮文社)

●「私の名はシルバーバーチではありません。これは私がバイブレーションを下げて地上世界とコンタクトすることを可能にしてくれる一種の変圧器の役目をしている、かつて地上でインディアンだった霊の名前です。(中略)
 地上時代の私はレッド・インディアンではありません。このインディアンよりはるかに古い時代の別の民族のものです。霊的進化の末に二度と地上世界へ生身に宿って戻ってくる必要のない段階まで到達いたしました。
 霊界の上層部には“神庁”とでもよぶべきものが存在します。それに所属するのは格別に進化をとげた霊、高級神霊です。その仕事は立案された創造進化の計画を円満に進展させることです。
 その神庁から私にお呼びが掛かり、これまでの進化で私が得たものを一時お預けにして可能なかぎり地上圏に近づき、その高級指導霊たちのメッセンジャーをとして働いてくれないかとの要請をうけたのです。
 私の役目はその指導霊たちの教えを取り次ぎ、一人でも多く、受け入れる用意のできた人間にお届けすることです。私は喜んでその要請をお引き受けしました、それが半世紀近くにもわたってたずさわってきた私の使命なのです。(中略)
 私にとって困ったことが一つありました。地上との接触(コンタクト)には霊界の霊媒が必要だということです。私自身が直接地上の霊媒と接触することは不可能だったのです。それは、私が到達した進化の階梯と霊媒のそれとが違いすぎて波長が合わないからです。そこで私はもう一人、変圧器(トランス)に相当する者を必要としたのです。
 指導霊たちが用意してくれたトランスは地上でレッド・インディアンに属していた霊の霊体でした。私に授けられる教えを地上へ伝達するための中間の媒体として、それが一ばん適切だったのです。」 (『シルバーバーチの霊訓・11』 P12~P13 潮文社)


「自殺は、さらに大きな苦しみの始まりです」


 最近、人身事故によって電車が遅れたり止まったりすることが、珍しくなくなりました。先日、私もその影響を受けて、予定より1時間以上も遅い帰宅になりました。電車の中で事故のアナウンスを聞いたとき、“ああ、もし自殺した後にどうなるのかを知っていたら、思い止まれたでしょうに……”と悔しいような残念なような気持になりました。

 自殺に追い込まれる理由は、病気・生活苦・人間関係のトラブルなどさまざまですが、共通しているのは、「これですべてが終わる」「これで楽になれる」という思いなのではないでしょうか。しかし、人間の本質は“霊”である以上、肉体がなくなっても人生は終わりになりません。それどころか、さらにより強い苦しみを新たに味わうことになるのです。シルバーバーチは、「自殺は決して許されない」「地上生活を勝手に終わらせることは魂にプラスにならない」といっています。生命は、大霊から与えられたものなので摂理に反することになるからです。

 そこで今回は、自殺をした人がその後どんな状態になるのかをいくつか紹介してみたいと思います。


①1858年パリの公衆浴場で自殺した身元不明の男性
——どうして自殺などしたのですか?
 「では、私は死んでいるのですか……。いや、そんなことはない……。まだ、体の中にいますから……。私がどれほど苦しいか、あなた方には分からないでしょう。ああ、息が詰まる!誰か、優しくとどめを刺してくれないだろうか?」
——どうして身元を確認できるようなものを何も残さなかったのですか?
 「私は、みなに見放されたからです。苦しみから逃れようとしたのに、これでは、まるで拷問です」 (中略)
——どうして、そんなことになったのですか?
 「ああ、どれくらいの人が私のようになっていることだろう……。家族の誰からも愛されなくなってしまった……。もう誰にも愛されないんだ!」
——いよいよ自殺をしようとしたとき、ためらいはなかったのですか?
 「とにかく死にたかったのです。疲れ果てていたので……。休息が欲しかった」
——「将来のことを考えて思いとどまる」という可能性はなかったのですか?
 「私には、将来は、もうありませんでした。希望をすっかり失っていたのです。希望がなければ、将来のことなど考えられません」
——生命が失われる瞬間は、どんな感じがしましたか?
 「よく分かりません。私が感じたのは……。 
  だいたい、私の生命はまだ失われていません。私の魂は、まだ体につながっています。ああ、蛆虫(うじむし)が身体を食っているのが感じられる!」
——死が完了したとき、どんな感じがしましたか?
 「死は完了しているのですか?」  (後略)
(『天国と地獄』 P163~P165 アラン・カルデック著  浅岡夢二訳  幸福の科学出版)

②ルーヴェ・フランソワ=シモン——身投げをした男性
 以下のメッセージは、1863年2月12日にル・アーヴルで行われた霊実在主義者の集いにおいて、自発的に降ろされた霊示である。
 「ああ、これほど長いあいだ、これほどひどく苦しんでいる悲惨な者に、どうか哀れみを!ああ、空虚……。空虚の中を落ちていく、限りなく落ちていく。ああ、助けてくれ~!
 神様、私はとても悲惨な人生を送りました。哀れな人間でした。特に、老いてからは、いつも飢えに苦しみました。だから、酒に溺れ、すべてを恥じ、すべてに嫌悪を感じていたのです……。もうこれ以上、生きていたくなくなり、身を投げました。
 ああ、神様、何という恐ろしい瞬間!いずれにしても、もうすぐ死ぬはずだったのに、どうして自分から死を選んだのだろうか?!
 どうか祈ってください。もうこれ以上、空虚がのしかかることに耐えられません。このままでは体が砕けてしまいます。どうかお願いします。
 あなたがたは、自殺によって地上を去った人間が、どれほどの悲惨を体験するか、よくご存じです。見ず知らずのあなた方に、こうしてお願いするのは、この苦しみに、これ以上、耐えられないからなのです。」
(『天国と地獄』 P174~P175 アラン・カルデック著  浅岡夢二訳   幸福の科学出版)

③首つり自殺をした女性
 「死にたい気持ちを抱いておられる方々に申し上げます。どんなことがあっても、それを実行に移してはなりません。自ら死を選んだ時、どれほどの地獄の苦しみが待ちうけているか、人間はご存じないし、また理解することもできないことでしょう。いったんその肉体から離れてしまうと、二度と戻れません。ということは、地上での義務がそれきり果たせなくなるということです。
 子供たちは、自分たちの母親が自殺したという思いを拭うことはできません。夫も子供も私を許してはくれないでしょう。スピリットにそそのかされたとはいえ、苦しむのは私でしかありません。
 霊界の法則をお知りになれば、その結果の恐ろしさが分かって、自殺などしなくなるはずです。自分で死のうなどという考えは、棄て去ってください。寿命が来るまで、なんとしてでも、この地上で頑張るのです。私が苦しんだ十年間は、地上に存在しているべき期間でした、本来ならその期間を地上で過ごしてから、こちらへ来るべきだったのです。そうすれば、その間に夫や子供たちのために私が果たすべき義務を果たすことができたわけです。
 私に割り当てられた寿命を全(まっと)うせずにこちらへ来るべきではなかったのです。それで、十年間にわたって私の目の前から、首を吊った自分の姿が消えなかったのです。そして、その間ずっと、夫子供が私を必要としていたことを思い知らされたのです。」  
(『迷える霊との対話』 P282~P283  C・A・ウィックランド著  近藤 千雄訳 ハート出版)


 このように自殺をした人は、死んだことが分からなかったり、自分が自殺をした瞬間の感覚や、映像を何年も繰り返し見せられるなど、地上で生きていた時の何倍もの苦しみを味わうのです。

 昔(シルバーバーチの霊訓に出会う前)、私もこの世からいなくなってしまいたい、いっそのこと死んでしまいたい、と思ったことがありました。幸い私はその考えにずっと捉われることはありませんでした。それは、これ以上悪くならないギリギリまで追いつめられてしまうとなぜか腹をくくったような状態になり、それまでさんざん思い悩んでもがいていた気持ちが、ストンと落ちついてしまい(今思えば、おそらく苦しみや困難から逃げようとしていたのが、正面から苦しみと向き合う覚悟ができたからなのだと思います)、その後、思いがけないところから自然と道が開けてくるのを体験したからです。

 シルバーバーチは、「背負いきれないほどの困難や苦しみを与えられることはない」「いかなる事態も本人が思っているほど暗いものではない」といっています。どんなに絶望的に思えても必ず乗り越えられるのです。たとえ、この世のすべての人から見放されたように思えても、霊的親である大霊や、誕生の時からずっと見守り導いてくれている守護霊から見放されることは絶対にありません。人間は決して一人ぼっちではないのです。

 もし、今自殺を考えている方がいらっしゃったら、どうかどんなに苦しくてもそれに耐え抜く勇気を持ってください。“もうダメだ!”と思ったその時こそ、次の扉が開かれる一歩手前まできているのですから…。


 今回は、少しでも多くの方に自殺についての霊的事実をお知らせしたいと思い、この記事を書きました。後ろにシルバーバーチが自殺についてどのように語っているのかを載せました。少し長いのですが、ご一読いただければ幸いです。

   ※なお、引用にあたっては、スピリチュアリズム普及会の許可を得ています。


     ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

  ◎シルバーバーチの言葉

●——愛する人に先立たれた者が、自ら命を絶つことは許されるでしょうか。」
 「いいえ、許されません。摂理の働きは完璧ですから、あなたはそれに忠実に従って生きなければなりません。摂理は大霊によって、すなわち完全なる愛によって統制されています。大霊はすべてのものに存在すると同時に、すべてのものを通して顕現しています。大霊によって統制されている摂理の働きを妨げる権利を有する者はいません。もしあなたが、摂理に反して自ら命を絶つとするなら、その行為に対する代償を払わなければなりません。
 例えば、熟さないうちにもぎ取ったリンゴは美味しくないように、あなたの霊に準備ができていないうちに霊界へ行ったなら、長い調整期間の中でその代償を払わなければなりません。愛する人々とも会えなくなります。自殺によって、あなたと周囲の人々の間に隔たりができてしまうからです。」           (『シルバーバーチの教え・下』 P166~P167 スピリチュアリズム普及会)


●別の日の交霊会では、親戚の者が自殺をしてしまったという人からの投書が読み上げられた。その最後に「自殺行為は霊的進歩の妨げになるのでしょうか」という質問があった。これに対してシルバーバーチが「もちろんです。」と答えると、
——神は耐え切れないほどの苦しみは与えないとおっしゃったことがありますが、自殺に追いやられる人は、やはり耐え切れない苦しみを受けるからではないでしょうか。
「それは違います。説明の順序として、これには例外があることから申し上げましょう。いわゆる精神異常者、あるいは霊に憑依されている場合もあります。が、この問題は今はわきへ置いておきましょう。いずれにせよ、このケースはごく少数です。大多数は私に言わせれば臆病者の逃避行為であるといってよいと思います。果たすべき義務に真正面から取り組むことができず、いま自分が考えていること、つまり死んでこの世から消えることがその苦しみから逃れるいちばんラクな方法だと考えるわけです。ところが、死んだつもりなのに相変わらず自分がいる。そして逃れたはずの責任と義務の観念が相変わらず自分につきまとう。その精神的錯乱が暗黒のオーラを生み、それが外界との接触を遮断します。その状態から抜け出られないまま何十年も何百年も苦しむ者がいます。 (中略)
 あなたの魂はあなた自身の行為によって処罰を受けます。みんな自分の手で自分の人生を書き綴っているのです。いったん書き記したものは二度と書き変えるわけにはいきません。ごまかしはきかないのです。自分で自分を罰するのです。その法則は絶対であり不変です。
 だからこそ私は、あくまで自分に忠実でありなさいと言うのです。いかなる事態も本人が思っているほど暗いものではありません。その気になれば必ず光が見えてきます。魂の奥に潜む勇気が湧き出てきます。責任を全うしようとしたことが評価されて、その分だけ霊界からの援助のチャンスも増えます。背負いきれないほどの荷はけっして負わされません。なぜなら、その荷はみずからの悪業がこしらえたものだからです。けっして神が“この人間にはこれだけものを負わせてやろう”と考えて当てがうような、そんないい加減なものではありません。
 宇宙の絶対的な法則の働きによって、その人間がその時までに犯した法則違反に応じて、きっちりとその重さと同じ重さの荷を背負うことになるのです。となれば、それだけの荷をこしらえることが出来たのだから、それを取り除くこともできるのが道理なはずです。つまり悪いこと、あるいは間違ったことをした時のエネルギーを正しく使えば、それを元通りにすることが出来るはずです。」
 ——因果律の働きですね。
 「そうです。それが全てです。」
 ——たとえば脳神経に異常をきたしてノイローゼのような形で自殺したとします。霊界へ行けば脳がありませんから正常に戻ります。この場合は罪はないと考えてよろしいでしょうか。
 「話をそういう風に持って来られると、私も答え方によほど慎重にならざるを得ません。答え方次第では私がまるで自殺した人に同情しているかのような、あるいは、これからそういう手段に出る可能性のある人に口実を与えていることになりかねないからです。
 もちろん私にはそんなつもりは毛頭ありません。今のご質問でも、確かに結果的に見ればノイローゼ気味になって自殺するケースはありますが、そういう事態に至るまでの経過を正直に反省してみると、やはりそのスタートの時点において私がさきほどから言っている“責任からの逃避”の心理が働いていたのです。もしもその人が何かにつまずいた時点で“自分は間違っていた。やり直そう。そのためにどんな責めを受けても最後まで責任を全うしよう”と覚悟を決めていたら、不幸をつぼみのうちに摘み取ることが出来ていたはずです。
 ところが人間というのは、窮地に陥るとつい姑息な手段に出ようとするものです。それが事態を大きくしてしまうのです。そこで神経的に参ってしまって正常な判断力が失われていきます。ついにはノイローゼ気味となり、自分で自分が分からなくなります。問題はスタートの時点の心構えにあったのです。」  (『シルバーバーチの霊訓・9』 P208~P212 潮文社)  


● 大きな悩みを抱えて自殺まで考えている男性から投書があり、シルバーバーチ霊は自殺行為をどう観ているかを聞いてみてほしいとあった。投書が読み上げられるのを聞いてシルバーバーチはこう語った。
 「事態を改善するよりも悪化させるようなことは、いかなる魂に対してもお勧めするわけにはまいりません。自殺行為によって地上生活に終止符を打つようなことは絶対にすべきではありません。もしそのようなことをしたら、それ相当の代償を支払わねばならなくなります。それが自然の摂理なのです。地上の誰一人として、何かの手違いのためにその人が克服できないほどの障害に遭遇するようなことは絶対にありません。
 むしろ私は、その障害物はその人の性格と霊の発達と成長にとって必要だからこそ与えられているのですと申し上げたいのです。苦しいからといって地上生活にさよならをしても、その苦しみが消えるわけではありません。それは有り得ないことです。またそれは摂理に反することです。地上であろうと霊界であろうと、神の公正から逃れることはできません。なぜならば、公正は絶対不変であり、その裁定はそれぞれの魂の成長度に合わせて行われるからです。」
——(司会者)この方は現在の自分の置かれている状態が不当だとおっしゃりたいようです。
 「分かっております。地上の人間は時として物事を逆さまに観ていることがあります。きわめて不完全な知識でもって判断しようとされます。人間にも一定範囲の自由意志が許されており、それを行使していらっしゃいますが、誰一人として自然の摂理から逃れられる人はいません。
 物質の世界から霊の世界へ移ったからといって、それだけで魂に課せられた責任から逃れられるものではありません。それだけは明確に断言できます。」 (中略)
 ——いずれにせよ自殺行為が為にならないことだけは間違いないでしょう。
「むろんです。絶対に為(ため)になりません。地上生活を勝手に終わらせることが魂にプラスになったということは絶対にありません。」 (『シルバーバーチの霊訓・9』 P206~P208 潮文社)




      「読書会に参加してみませんか?」


 私が、東京スピリチュアリズムサークル(旧 埼玉シルバーバーチの会)の読書会に参加するようになってから、5年余りになります。昨年は病気のためにほとんど参加できませんでしたが、今年は休むことなく出席することができたことに感謝しています。


 8年ほど前に小さな書店でシルバーバーチの霊訓に出会ってから、シルバーバーチの霊訓と名のつく本を探し出しては、夢中で読み進めていました。よく分からないところも多かったのですが、そのときに分かる内容に心を引かれて、本を開かないと落ちつかない日々を過ごしていたのです。そうして出版されている本をすべて読み終えたとき、目標を失ったような気持になってしまいました。この先、霊訓をどう活かしていけばよいのかが、よく分からないのです。同じ内容のことがあちらこちらに書かれていて、それをまとめようと思うのですが、膨大な量の霊訓を前にして途方に暮れてしまいました。

 “シルバーバーチの霊訓を広めたい、霊界の道具になりたい”という思いは強いのです。しかし、肝心の「スピリチュアリズムとは何なのか、どのようなものなのか」が見えてきません(今は、“霊界主導の地球人類救済計画”と答えられるようになりましたが……)。そんな思いを抱えながら過ごしていた中で、東日本大震災をきっかけに始めたインターネットをほんの少し使えるようになっていた私は、スピリチュアリズム普及会の存在を知り、書籍やニューズレターを取り寄せ、またそれらを読み進める日々を送り始めました。

 ニューズレターには、難しい内容のものもありましたが、霊訓の内容のかみ砕いた説明や、実践方法が書かれていて、とても新鮮な感じを持ちました。ただ、それらを一通り読んだ後でも、まだ漠然としか理解できていない自分を感じ、再び霧がかかったような状態を解決するのにはどうしたらよいのか悩んでいました。そして読書会の存在を知りました。どんなところなのかまったく知らない不安もありましたが、思い切って参加してみたのです。


 初めて参加した読書会は、私にとって衝撃的なものでした。霊的真理を体系的に学ぶことに初めて触れたからです。そのときの学習内容は「神観」でした。それまでの私は、神(大霊)とは摂理だとばかり思っていて、他に四つの側面(創造神としての神・大霊としての神・愛の始原としての神・究極の理想、目標としての神)があるなどとは、考えたこともなかったのです。ニューズレターで読んでいたはずなのですが、どうやら当時の私には難しすぎて頭に残っていなかったようです。それからの私は、読書会に参加することが一番の楽しみになり、それは今も変わっていません。


 読書会では、テーマごとにポイントを押さえた学習ができます。このような広い視野からの体系的な学びは、一人で霊訓や普及会の資料を繰り返し読んでいても、なかなかできない学び方です。その上、読書会は交霊会でもあるので、地上の人間だけでなく、霊界からの参加者も大勢います。

 先月(11月)の「人間の霊的成長に関する摂理」の学習の際、さまざまな摂理の関係性についての関係図を見たとき、私の中に何かが走りました。そして講義が進んでいくうちに、いろいろな摂理が複雑に関連しながら働いていることが、立体的な感覚と躍動感を持って私に迫ってきました。それまでシルバーバーチの「摂理の裏側に別の次元の摂理があります。(中略)これらが裏になり表になりながら働いているのです。(『霊的新時代の到来』 P190 スピリチュアリズム普及会)」という霊訓を読むたびに、いつも表面的な頭での理解しかしていない自分を感じてもどかしい思いをしていました。それを初めて実感を伴って理解することができたのです。どうしても超えられなかった壁を、霊界からの応援で一気に乗り越えたような感じでした。


 このように、霊的真理の学びを目的としている読書会では、自分の霊的意識が高まり、霊的真理のより深い理解が進むようになります。私はそのおかげで昨年の病気を、霊的視点を失わずに乗り越えることができました。もし、一人で霊訓を読んでいただけだったら、おそらく病気に振り回されてしまっていたことでしょう。“あの時、勇気を出して読書会に参加しておいてよかったな”とつくづく思っています。

皆さんも読書会に足を運んでみませんか?


   ※なお、引用にあたっては、スピリチュアリズム普及会の許可を得ています。


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  ◎シルバーバーチの言葉

〇「ナザレのイエスがその昔こう言いました。——“二人ないし三人の者が集う所には大霊が祝福を授けてくださる”と。」    (『シルバーバーチの教え・下』 P37 スピリチュアリズム普及会)

〇「交霊会に出席して大霊と心を一つにしておられる時間は、一時として無駄に終わることはありません。調和と愛の心で集う時に蓄積されるエネルギーが、大いなる架け橋を築く上で役に立っているのです。」    (『シルバーバーチの教え・下』 P39 スピリチュアリズム普及会)

〇「今夜、この部屋には五千人もの霊たちが集まっています。」    (『シルバーバーチの教え・下』 P29 スピリチュアリズム普及会)



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