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  「シルバーバーチの霊訓と他の霊界通信とは何が違うのでしょうか」


 書店のコーナーやインターネットのサイトには、とてもたくさんの霊界通信の本が並んでいます。皆さんは、それらの霊界通信とシルバーバーチの霊訓との違いをご存知でしょうか?今回は、これについてお伝えしてみようと思います。


 シルバーバーチの霊訓に、『シルバーバーチの教え』(原題は『Teachings of Silver Birch』)という本があります。この本を編集したA・W・オースティンは、シルバーバーチの霊媒だったバーバネルが編集長を務めていたサイキックニューズ社のスタッフでした。霊性の優れたとても頭の切れる有能な人で、それはこの本の編集にも表れています。

 そのオースティンが書いた、“編集者まえがき”の冒頭に、「シルバーバーチは、これは自分の教えではなく、自分の所属界よりもさらに高い界層から送られてきたものを自分が中継しているにすぎないと言う。」(『シルバーバーチの教え・上』 P9)、という一文があります。本の前書きのしかも一番始めの文章ですので、つい読み過ごしてしまいがちですが、実はここにはとても大切なことが書かれているのです。

 霊界通信の内容は、通信を送ってきた霊のものだと考えるのが普通です。しかし、シルバーバーチは、“シルバーバーチの霊訓は、シルバーバーチの考えた教えではなく、シルバーバーチよりもさらに高い霊界から送られてきたもので、彼はそれを地上へ伝えるための通訳、メッセンジャーの役目をしている”、と驚くようなことをいっています。さらにこの本の別の所(P27)で「私は、この地上へ私を派遣した高級霊団のマウスピースにすぎない」ともいっています。

 となると、“ではいったいシルバーバーチは誰の教えを語っているのだろう?”という疑問が当然のように浮かんできます。それについては、『霊性進化の道しるべ』(P238)の中で、「皆さんは今、霊界での審議会で用意された叡智がこのわたしを通して届けられるのをお聞きになっていらっしゃるのです。」と述べています。

 スピリチュアリズムの思想は、霊界の高級霊たちが、地上の悲劇や不幸の根本原因である霊的無知を何とかしてなくそうとして、イエスが中心になって組織された高級霊団によって起こされた「地球人類救済計画」です。そしてシルバーバーチの霊訓は、スピリチュアリズムの思想の集大成として降ろされたものです。その教え(霊的真理)を降ろすために高級霊団が審議会を開き、教えの内容を吟味し、それを伝える役目を任されたのがシルバーバーチだったのです。何とシルバーバーチの教えは、霊界の超高級霊(高級神霊)たちの教えだったのです。このことからシルバーバーチの霊訓と他の霊界通信とでは、その教えの内容がまったく次元の違うものであることがわかります。


 さらにシルバーバーチの霊訓と他の霊界通信との違いがもう一つあります。それは、霊訓が地上へ降ろされるまでの通信方法の違いです。

 先ほどの『シルバーバーチの教え・上』の序文(P12)に、「我々がシルバーバーチと呼んでいる霊は、実はレッド・インディアンではない。(中略)その霊はたいへんな高級界に所属していて、その次元からは直接地上界と接触できないために、かつて地上でレッド・インディアンだった霊の霊的身体を中継して我々に語りかけている。(後略)」という文章があります。

 一般的な霊界通信は、通信霊 → 地上の霊媒 → 交霊会 というプロセスで伝えられます。しかし、シルバーバーチは、地上への再生を必要としない段階にまで進化した高級霊です。“再生の必要がない”ということは、霊的純化が完全で物質性が残っていないということです。物質性のないシルバーバーチは、物質界である地上界に直接接触することはできません。そこで、まだ物質性を多く残している幽界の霊(レッド・インディアン)を通して地上の霊媒であるバーバネルに通信を送る、という方法を取ったのです。
 つまり、通信霊(シルバーバーチ) → 幽界の霊媒(レッド・インディアン) → 地上の霊媒(バーバネル) → 交霊会、というとても複雑な通信方法が取られていたわけです。これほど複雑な方法で送られてきたにもかかわらず、教えの内容が変化することはありませんでした。同じ地上にいる人間どうしでも、何人かの人を通す間に話の内容が変わってしまうことは珍しくありません。しかし、シルバーバーチの霊界通信は、複雑な過程を経ても教えの内容は正確さを保ち、しかもそれが約60年もの長い期間続けられたということは、奇跡的なことだといっても過言ではありません。

 また、ほとんどの霊界通信は、幽界から送られてきたものです。中には霊界下層の霊が伝えてくるものもありますが、それはとても稀なことです。まして、シルバーバーチのような物質性のない高級霊が送ってくることはほとんどありません。その点でも、シルバーバーチの霊訓がいかに特殊なものなのかが見て取れるのです。

 ※シルバーバーチの霊訓の通信プロセス・霊界との関係についての図は、東京スピリチュアリズムサークルHP 学習の感想とポイント(2019年2月)をご覧ください。
 ※『シルバーバーチの教え・上』及び『霊性進化の道しるべ』は、いずれもスピリチュアリズム普及会から出版されています。


 私は、シルバーバーチの霊訓を読むようになってから、“シルバーバーチの交霊会はどんな風だったのかなあ”と思ったことが何度もあります。一度でよいので参加してみたかったとも思いました。しかし、実は現在に生きる私たちの方が当時の交霊会の参加者たちよりも恵まれている点があるのです。それは霊的真理の全体を見渡して、体系的に理解できることです。シルバーバーチの交霊会が行われている間は、次々と新しい霊的真理が降ろされます。当時の人たちはそれを伝えるのに追われて、真理の全体像を見ることはできませんでした。ちょうど新しい洞窟が発見されて、その洞窟の地図に次々と新しい通路が書き加えられている間は、その洞窟の全体図や構造を把握することができないのと同じです。しかし、交霊会を主催したスワッファーや霊媒のバーバネルやオースティンたちが、必死になって生涯をかけて後世の人類に伝えてくれたお陰で、今、私たちはシルバーバーチの霊訓を手にすることができているのです。私はその大先輩たちの意志を無駄にしないように真理の理解と実践に努めて、私たちに託されたバトンを次の人に渡していきたいとの思いを新たにしています。

   ※なお、引用にあたっては、スピリチュアリズム普及会の許可を得ています。

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    ◎シルバーバーチの言葉

●「私の役目は、私が所属する霊団からのメッセージお届けすることです。この霊媒と私自身の力量の範囲内で受け取ったものを、忠実に伝達する努力を続けてまいりました。」  (『シルバーバーチの教え・上』P27 スピリチュアリズム普及会)

●「私は一介の神の僕(しもべ)にすぎません。今まさに黎明(れいめい)を迎えんとしている新しい世界の一役を担うものとして、これまで忘れ去られてきた霊的法則を蘇(よみがえ)らせるために私を地上へ遣わした一団の通訳にすぎません。私のことをいつもマウスピース(代弁者)としてお考えください。」  (『シルバーバーチの霊訓・5』 P14 潮文社)

●「私の名はシルバーバーチではありません。これは私がバイブレーションを下げて地上世界とコンタクトすることを可能にしてくれる一種の変圧器の役目をしている、かつて地上でインディアンだった霊の名前です。(中略)
 地上時代の私はレッド・インディアンではありません。このインディアンよりはるかに古い時代の別の民族のものです。霊的進化の末に二度と地上世界へ生身に宿って戻ってくる必要のない段階まで到達いたしました。
 霊界の上層部には“神庁”とでもよぶべきものが存在します。それに所属するのは格別に進化をとげた霊、高級神霊です。その仕事は立案された創造進化の計画を円満に進展させることです。
 その神庁から私にお呼びが掛かり、これまでの進化で私が得たものを一時お預けにして可能なかぎり地上圏に近づき、その高級指導霊たちのメッセンジャーをとして働いてくれないかとの要請をうけたのです。
 私の役目はその指導霊たちの教えを取り次ぎ、一人でも多く、受け入れる用意のできた人間にお届けすることです。私は喜んでその要請をお引き受けしました、それが半世紀近くにもわたってたずさわってきた私の使命なのです。(中略)
 私にとって困ったことが一つありました。地上との接触(コンタクト)には霊界の霊媒が必要だということです。私自身が直接地上の霊媒と接触することは不可能だったのです。それは、私が到達した進化の階梯と霊媒のそれとが違いすぎて波長が合わないからです。そこで私はもう一人、変圧器(トランス)に相当する者を必要としたのです。
 指導霊たちが用意してくれたトランスは地上でレッド・インディアンに属していた霊の霊体でした。私に授けられる教えを地上へ伝達するための中間の媒体として、それが一ばん適切だったのです。」 (『シルバーバーチの霊訓・11』 P12~P13 潮文社)


「自殺は、さらに大きな苦しみの始まりです」


 最近、人身事故によって電車が遅れたり止まったりすることが、珍しくなくなりました。先日、私もその影響を受けて、予定より1時間以上も遅い帰宅になりました。電車の中で事故のアナウンスを聞いたとき、“ああ、もし自殺した後にどうなるのかを知っていたら、思い止まれたでしょうに……”と悔しいような残念なような気持になりました。

 自殺に追い込まれる理由は、病気・生活苦・人間関係のトラブルなどさまざまですが、共通しているのは、「これですべてが終わる」「これで楽になれる」という思いなのではないでしょうか。しかし、人間の本質は“霊”である以上、肉体がなくなっても人生は終わりになりません。それどころか、さらにより強い苦しみを新たに味わうことになるのです。シルバーバーチは、「自殺は決して許されない」「地上生活を勝手に終わらせることは魂にプラスにならない」といっています。生命は、大霊から与えられたものなので摂理に反することになるからです。

 そこで今回は、自殺をした人がその後どんな状態になるのかをいくつか紹介してみたいと思います。


①1858年パリの公衆浴場で自殺した身元不明の男性
——どうして自殺などしたのですか?
 「では、私は死んでいるのですか……。いや、そんなことはない……。まだ、体の中にいますから……。私がどれほど苦しいか、あなた方には分からないでしょう。ああ、息が詰まる!誰か、優しくとどめを刺してくれないだろうか?」
——どうして身元を確認できるようなものを何も残さなかったのですか?
 「私は、みなに見放されたからです。苦しみから逃れようとしたのに、これでは、まるで拷問です」 (中略)
——どうして、そんなことになったのですか?
 「ああ、どれくらいの人が私のようになっていることだろう……。家族の誰からも愛されなくなってしまった……。もう誰にも愛されないんだ!」
——いよいよ自殺をしようとしたとき、ためらいはなかったのですか?
 「とにかく死にたかったのです。疲れ果てていたので……。休息が欲しかった」
——「将来のことを考えて思いとどまる」という可能性はなかったのですか?
 「私には、将来は、もうありませんでした。希望をすっかり失っていたのです。希望がなければ、将来のことなど考えられません」
——生命が失われる瞬間は、どんな感じがしましたか?
 「よく分かりません。私が感じたのは……。 
  だいたい、私の生命はまだ失われていません。私の魂は、まだ体につながっています。ああ、蛆虫(うじむし)が身体を食っているのが感じられる!」
——死が完了したとき、どんな感じがしましたか?
 「死は完了しているのですか?」  (後略)
(『天国と地獄』 P163~P165 アラン・カルデック著  浅岡夢二訳  幸福の科学出版)

②ルーヴェ・フランソワ=シモン——身投げをした男性
 以下のメッセージは、1863年2月12日にル・アーヴルで行われた霊実在主義者の集いにおいて、自発的に降ろされた霊示である。
 「ああ、これほど長いあいだ、これほどひどく苦しんでいる悲惨な者に、どうか哀れみを!ああ、空虚……。空虚の中を落ちていく、限りなく落ちていく。ああ、助けてくれ~!
 神様、私はとても悲惨な人生を送りました。哀れな人間でした。特に、老いてからは、いつも飢えに苦しみました。だから、酒に溺れ、すべてを恥じ、すべてに嫌悪を感じていたのです……。もうこれ以上、生きていたくなくなり、身を投げました。
 ああ、神様、何という恐ろしい瞬間!いずれにしても、もうすぐ死ぬはずだったのに、どうして自分から死を選んだのだろうか?!
 どうか祈ってください。もうこれ以上、空虚がのしかかることに耐えられません。このままでは体が砕けてしまいます。どうかお願いします。
 あなたがたは、自殺によって地上を去った人間が、どれほどの悲惨を体験するか、よくご存じです。見ず知らずのあなた方に、こうしてお願いするのは、この苦しみに、これ以上、耐えられないからなのです。」
(『天国と地獄』 P174~P175 アラン・カルデック著  浅岡夢二訳   幸福の科学出版)

③首つり自殺をした女性
 「死にたい気持ちを抱いておられる方々に申し上げます。どんなことがあっても、それを実行に移してはなりません。自ら死を選んだ時、どれほどの地獄の苦しみが待ちうけているか、人間はご存じないし、また理解することもできないことでしょう。いったんその肉体から離れてしまうと、二度と戻れません。ということは、地上での義務がそれきり果たせなくなるということです。
 子供たちは、自分たちの母親が自殺したという思いを拭うことはできません。夫も子供も私を許してはくれないでしょう。スピリットにそそのかされたとはいえ、苦しむのは私でしかありません。
 霊界の法則をお知りになれば、その結果の恐ろしさが分かって、自殺などしなくなるはずです。自分で死のうなどという考えは、棄て去ってください。寿命が来るまで、なんとしてでも、この地上で頑張るのです。私が苦しんだ十年間は、地上に存在しているべき期間でした、本来ならその期間を地上で過ごしてから、こちらへ来るべきだったのです。そうすれば、その間に夫や子供たちのために私が果たすべき義務を果たすことができたわけです。
 私に割り当てられた寿命を全(まっと)うせずにこちらへ来るべきではなかったのです。それで、十年間にわたって私の目の前から、首を吊った自分の姿が消えなかったのです。そして、その間ずっと、夫子供が私を必要としていたことを思い知らされたのです。」  
(『迷える霊との対話』 P282~P283  C・A・ウィックランド著  近藤 千雄訳 ハート出版)


 このように自殺をした人は、死んだことが分からなかったり、自分が自殺をした瞬間の感覚や、映像を何年も繰り返し見せられるなど、地上で生きていた時の何倍もの苦しみを味わうのです。

 昔(シルバーバーチの霊訓に出会う前)、私もこの世からいなくなってしまいたい、いっそのこと死んでしまいたい、と思ったことがありました。幸い私はその考えにずっと捉われることはありませんでした。それは、これ以上悪くならないギリギリまで追いつめられてしまうとなぜか腹をくくったような状態になり、それまでさんざん思い悩んでもがいていた気持ちが、ストンと落ちついてしまい(今思えば、おそらく苦しみや困難から逃げようとしていたのが、正面から苦しみと向き合う覚悟ができたからなのだと思います)、その後、思いがけないところから自然と道が開けてくるのを体験したからです。

 シルバーバーチは、「背負いきれないほどの困難や苦しみを与えられることはない」「いかなる事態も本人が思っているほど暗いものではない」といっています。どんなに絶望的に思えても必ず乗り越えられるのです。たとえ、この世のすべての人から見放されたように思えても、霊的親である大霊や、誕生の時からずっと見守り導いてくれている守護霊から見放されることは絶対にありません。人間は決して一人ぼっちではないのです。

 もし、今自殺を考えている方がいらっしゃったら、どうかどんなに苦しくてもそれに耐え抜く勇気を持ってください。“もうダメだ!”と思ったその時こそ、次の扉が開かれる一歩手前まできているのですから…。


 今回は、少しでも多くの方に自殺についての霊的事実をお知らせしたいと思い、この記事を書きました。後ろにシルバーバーチが自殺についてどのように語っているのかを載せました。少し長いのですが、ご一読いただければ幸いです。

   ※なお、引用にあたっては、スピリチュアリズム普及会の許可を得ています。


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  ◎シルバーバーチの言葉

●——愛する人に先立たれた者が、自ら命を絶つことは許されるでしょうか。」
 「いいえ、許されません。摂理の働きは完璧ですから、あなたはそれに忠実に従って生きなければなりません。摂理は大霊によって、すなわち完全なる愛によって統制されています。大霊はすべてのものに存在すると同時に、すべてのものを通して顕現しています。大霊によって統制されている摂理の働きを妨げる権利を有する者はいません。もしあなたが、摂理に反して自ら命を絶つとするなら、その行為に対する代償を払わなければなりません。
 例えば、熟さないうちにもぎ取ったリンゴは美味しくないように、あなたの霊に準備ができていないうちに霊界へ行ったなら、長い調整期間の中でその代償を払わなければなりません。愛する人々とも会えなくなります。自殺によって、あなたと周囲の人々の間に隔たりができてしまうからです。」           (『シルバーバーチの教え・下』 P166~P167 スピリチュアリズム普及会)


●別の日の交霊会では、親戚の者が自殺をしてしまったという人からの投書が読み上げられた。その最後に「自殺行為は霊的進歩の妨げになるのでしょうか」という質問があった。これに対してシルバーバーチが「もちろんです。」と答えると、
——神は耐え切れないほどの苦しみは与えないとおっしゃったことがありますが、自殺に追いやられる人は、やはり耐え切れない苦しみを受けるからではないでしょうか。
「それは違います。説明の順序として、これには例外があることから申し上げましょう。いわゆる精神異常者、あるいは霊に憑依されている場合もあります。が、この問題は今はわきへ置いておきましょう。いずれにせよ、このケースはごく少数です。大多数は私に言わせれば臆病者の逃避行為であるといってよいと思います。果たすべき義務に真正面から取り組むことができず、いま自分が考えていること、つまり死んでこの世から消えることがその苦しみから逃れるいちばんラクな方法だと考えるわけです。ところが、死んだつもりなのに相変わらず自分がいる。そして逃れたはずの責任と義務の観念が相変わらず自分につきまとう。その精神的錯乱が暗黒のオーラを生み、それが外界との接触を遮断します。その状態から抜け出られないまま何十年も何百年も苦しむ者がいます。 (中略)
 あなたの魂はあなた自身の行為によって処罰を受けます。みんな自分の手で自分の人生を書き綴っているのです。いったん書き記したものは二度と書き変えるわけにはいきません。ごまかしはきかないのです。自分で自分を罰するのです。その法則は絶対であり不変です。
 だからこそ私は、あくまで自分に忠実でありなさいと言うのです。いかなる事態も本人が思っているほど暗いものではありません。その気になれば必ず光が見えてきます。魂の奥に潜む勇気が湧き出てきます。責任を全うしようとしたことが評価されて、その分だけ霊界からの援助のチャンスも増えます。背負いきれないほどの荷はけっして負わされません。なぜなら、その荷はみずからの悪業がこしらえたものだからです。けっして神が“この人間にはこれだけものを負わせてやろう”と考えて当てがうような、そんないい加減なものではありません。
 宇宙の絶対的な法則の働きによって、その人間がその時までに犯した法則違反に応じて、きっちりとその重さと同じ重さの荷を背負うことになるのです。となれば、それだけの荷をこしらえることが出来たのだから、それを取り除くこともできるのが道理なはずです。つまり悪いこと、あるいは間違ったことをした時のエネルギーを正しく使えば、それを元通りにすることが出来るはずです。」
 ——因果律の働きですね。
 「そうです。それが全てです。」
 ——たとえば脳神経に異常をきたしてノイローゼのような形で自殺したとします。霊界へ行けば脳がありませんから正常に戻ります。この場合は罪はないと考えてよろしいでしょうか。
 「話をそういう風に持って来られると、私も答え方によほど慎重にならざるを得ません。答え方次第では私がまるで自殺した人に同情しているかのような、あるいは、これからそういう手段に出る可能性のある人に口実を与えていることになりかねないからです。
 もちろん私にはそんなつもりは毛頭ありません。今のご質問でも、確かに結果的に見ればノイローゼ気味になって自殺するケースはありますが、そういう事態に至るまでの経過を正直に反省してみると、やはりそのスタートの時点において私がさきほどから言っている“責任からの逃避”の心理が働いていたのです。もしもその人が何かにつまずいた時点で“自分は間違っていた。やり直そう。そのためにどんな責めを受けても最後まで責任を全うしよう”と覚悟を決めていたら、不幸をつぼみのうちに摘み取ることが出来ていたはずです。
 ところが人間というのは、窮地に陥るとつい姑息な手段に出ようとするものです。それが事態を大きくしてしまうのです。そこで神経的に参ってしまって正常な判断力が失われていきます。ついにはノイローゼ気味となり、自分で自分が分からなくなります。問題はスタートの時点の心構えにあったのです。」  (『シルバーバーチの霊訓・9』 P208~P212 潮文社)  


● 大きな悩みを抱えて自殺まで考えている男性から投書があり、シルバーバーチ霊は自殺行為をどう観ているかを聞いてみてほしいとあった。投書が読み上げられるのを聞いてシルバーバーチはこう語った。
 「事態を改善するよりも悪化させるようなことは、いかなる魂に対してもお勧めするわけにはまいりません。自殺行為によって地上生活に終止符を打つようなことは絶対にすべきではありません。もしそのようなことをしたら、それ相当の代償を支払わねばならなくなります。それが自然の摂理なのです。地上の誰一人として、何かの手違いのためにその人が克服できないほどの障害に遭遇するようなことは絶対にありません。
 むしろ私は、その障害物はその人の性格と霊の発達と成長にとって必要だからこそ与えられているのですと申し上げたいのです。苦しいからといって地上生活にさよならをしても、その苦しみが消えるわけではありません。それは有り得ないことです。またそれは摂理に反することです。地上であろうと霊界であろうと、神の公正から逃れることはできません。なぜならば、公正は絶対不変であり、その裁定はそれぞれの魂の成長度に合わせて行われるからです。」
——(司会者)この方は現在の自分の置かれている状態が不当だとおっしゃりたいようです。
 「分かっております。地上の人間は時として物事を逆さまに観ていることがあります。きわめて不完全な知識でもって判断しようとされます。人間にも一定範囲の自由意志が許されており、それを行使していらっしゃいますが、誰一人として自然の摂理から逃れられる人はいません。
 物質の世界から霊の世界へ移ったからといって、それだけで魂に課せられた責任から逃れられるものではありません。それだけは明確に断言できます。」 (中略)
 ——いずれにせよ自殺行為が為にならないことだけは間違いないでしょう。
「むろんです。絶対に為(ため)になりません。地上生活を勝手に終わらせることが魂にプラスになったということは絶対にありません。」 (『シルバーバーチの霊訓・9』 P206~P208 潮文社)




      「読書会に参加してみませんか?」


 私が、東京スピリチュアリズムサークル(旧 埼玉シルバーバーチの会)の読書会に参加するようになってから、5年余りになります。昨年は病気のためにほとんど参加できませんでしたが、今年は休むことなく出席することができたことに感謝しています。


 8年ほど前に小さな書店でシルバーバーチの霊訓に出会ってから、シルバーバーチの霊訓と名のつく本を探し出しては、夢中で読み進めていました。よく分からないところも多かったのですが、そのときに分かる内容に心を引かれて、本を開かないと落ちつかない日々を過ごしていたのです。そうして出版されている本をすべて読み終えたとき、目標を失ったような気持になってしまいました。この先、霊訓をどう活かしていけばよいのかが、よく分からないのです。同じ内容のことがあちらこちらに書かれていて、それをまとめようと思うのですが、膨大な量の霊訓を前にして途方に暮れてしまいました。

 “シルバーバーチの霊訓を広めたい、霊界の道具になりたい”という思いは強いのです。しかし、肝心の「スピリチュアリズムとは何なのか、どのようなものなのか」が見えてきません(今は、“霊界主導の地球人類救済計画”と答えられるようになりましたが……)。そんな思いを抱えながら過ごしていた中で、東日本大震災をきっかけに始めたインターネットをほんの少し使えるようになっていた私は、スピリチュアリズム普及会の存在を知り、書籍やニューズレターを取り寄せ、またそれらを読み進める日々を送り始めました。

 ニューズレターには、難しい内容のものもありましたが、霊訓の内容のかみ砕いた説明や、実践方法が書かれていて、とても新鮮な感じを持ちました。ただ、それらを一通り読んだ後でも、まだ漠然としか理解できていない自分を感じ、再び霧がかかったような状態を解決するのにはどうしたらよいのか悩んでいました。そして読書会の存在を知りました。どんなところなのかまったく知らない不安もありましたが、思い切って参加してみたのです。


 初めて参加した読書会は、私にとって衝撃的なものでした。霊的真理を体系的に学ぶことに初めて触れたからです。そのときの学習内容は「神観」でした。それまでの私は、神(大霊)とは摂理だとばかり思っていて、他に四つの側面(創造神としての神・大霊としての神・愛の始原としての神・究極の理想、目標としての神)があるなどとは、考えたこともなかったのです。ニューズレターで読んでいたはずなのですが、どうやら当時の私には難しすぎて頭に残っていなかったようです。それからの私は、読書会に参加することが一番の楽しみになり、それは今も変わっていません。


 読書会では、テーマごとにポイントを押さえた学習ができます。このような広い視野からの体系的な学びは、一人で霊訓や普及会の資料を繰り返し読んでいても、なかなかできない学び方です。その上、読書会は交霊会でもあるので、地上の人間だけでなく、霊界からの参加者も大勢います。

 先月(11月)の「人間の霊的成長に関する摂理」の学習の際、さまざまな摂理の関係性についての関係図を見たとき、私の中に何かが走りました。そして講義が進んでいくうちに、いろいろな摂理が複雑に関連しながら働いていることが、立体的な感覚と躍動感を持って私に迫ってきました。それまでシルバーバーチの「摂理の裏側に別の次元の摂理があります。(中略)これらが裏になり表になりながら働いているのです。(『霊的新時代の到来』 P190 スピリチュアリズム普及会)」という霊訓を読むたびに、いつも表面的な頭での理解しかしていない自分を感じてもどかしい思いをしていました。それを初めて実感を伴って理解することができたのです。どうしても超えられなかった壁を、霊界からの応援で一気に乗り越えたような感じでした。


 このように、霊的真理の学びを目的としている読書会では、自分の霊的意識が高まり、霊的真理のより深い理解が進むようになります。私はそのおかげで昨年の病気を、霊的視点を失わずに乗り越えることができました。もし、一人で霊訓を読んでいただけだったら、おそらく病気に振り回されてしまっていたことでしょう。“あの時、勇気を出して読書会に参加しておいてよかったな”とつくづく思っています。

皆さんも読書会に足を運んでみませんか?


   ※なお、引用にあたっては、スピリチュアリズム普及会の許可を得ています。


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  ◎シルバーバーチの言葉

〇「ナザレのイエスがその昔こう言いました。——“二人ないし三人の者が集う所には大霊が祝福を授けてくださる”と。」    (『シルバーバーチの教え・下』 P37 スピリチュアリズム普及会)

〇「交霊会に出席して大霊と心を一つにしておられる時間は、一時として無駄に終わることはありません。調和と愛の心で集う時に蓄積されるエネルギーが、大いなる架け橋を築く上で役に立っているのです。」    (『シルバーバーチの教え・下』 P39 スピリチュアリズム普及会)

〇「今夜、この部屋には五千人もの霊たちが集まっています。」    (『シルバーバーチの教え・下』 P29 スピリチュアリズム普及会)



「人がこの世に生まれた目的を達成するための仕組み」


 「自分はいったい何のために生まれてきたのだろうか?」という疑問は、だれでも一度は持ったことがあるのではないでしょうか。私も何度となくこの疑問を持ち、いろいろな本を読んだりしましたが、シルバーバーチの霊訓に出会うまでは、明確な答えを得ることはできませんでした。シルバーバーチは、「地上人生の目的は、霊界での新たな生活にそなえるために、霊的成長すること」だと言っています。

 さて、この地上世界で霊的成長するための仕組みには、次の9つの法則(摂理)があります。

①「永遠の霊的成長の法則(摂理)」……神は人間に分霊を与え、人間を永遠に霊的成長・霊的進化をしていく存在として造られました。この人間の宿命が大前提となって、さまざまな法則が複雑に関連しながら、霊的成長が達成されていくのです。

②「霊優位(霊主肉従)の法則」……肉体を持ち物質に囲まれている地上人は、何もしなければ本能に振り回され、肉主霊従の状態になってしまいます。そのため地上界で霊的成長するためには、まず、霊的意識で物的意識(本能)をコントロールする努力が欠かせません。

③「利他性(利他愛)の法則」……利他性は宇宙を支配する摂理で、万物の存在形式です。神の造られた、すべての世界・すべてのものは、互いに役立ち合う利他的相互関係によって、調和が保たれるようになっています。
人間も利他愛の実践を通して霊的成長するように造られました。ただし、肉体を持つ地上人が利他愛を実践するためには、霊優位の状態が必要不可欠です。肉優位(利己的)な状態では、利他愛は実践できないからです。
 「霊優位(霊主肉従)の法則」と「利他性(利他愛)の法則」は、連動しながら霊的成長を達成していきます。

④「自由意志の法則」……神は、人間が自らの思考と意志に基づいて霊的成長を達成するよう、人間にだけ自由意志を与えました。その結果人間は、摂理に従うことも背(そむ)くこともできるようになりました。しかし、摂理に反した行為には、自動的に痛みや苦しみが発生して、摂理に一致した方向へ軌道修正されるようになっています。人間に与えられた自由は、摂理の範囲内での制限つきの自由なのです。

⑤「因果(カルマ)の法則」(原因と結果の法則)……神の造られた世界(霊界・宇宙)は、すべてが原因と結果の機械的な連鎖関係の中で存在しています。この法則は、地上界だけでなく霊界にも適応されます。このため、地上生活中には現れなかったものでも、霊界で、善い原因は幸福・喜びとして、悪い原因は不幸・苦しみという結果として現われます。ごまかしは一切ありません。

⑥「償い(カルマ清算)の法則」……摂理に反した行為・生き方は、苦しみを通して償われます。苦しみを甘受することで霊的成長を妨げていたものが取り除かれ、霊的成長の歩みがリセットされます。“苦しみの体験”は、罪を清算する救済のプロセスになっています。

⑦「自己責任(自力救済)の法則」……⑤の「因果(カルマ)の法則」に基づいて生じる悪い結果は、すべて本人の摂理違反が引き起こしたものです。従ってその償いは、自分自身でしなければなりません。神にすがって救いを求めても、罪がなくなることはありません。

⑧「代価(自己犠牲)の法則」……利他愛を実践する際、人の幸せや利益を自分の利益や幸せより優先させた程度に比例して、霊的成長が促進されます。この法則は、「利他性(利他愛)の法則」を強化するものです。

⑨「両極性の法則(相対性の法則・対照性の法則・光と陰の法則)」……地上人生は、喜びと悲しみ・愛と憎しみ、利他性と利己性といった、対照的な体験を通して、霊的成長するようになっています。利他愛の実践だけでなく、苦しみ・困難の体験からも霊的成長する道が用意されているのです。

 このように、人間の霊的成長は、①~⑨の法則が複雑に関連し合いながら達成されていくのです。

(※①~⑨の法則の関連性(関係図)については、東京スピリチュアリズムサークルHP 読書会の学習ポイントと感想 2018年11月17日・18日をご覧ください。)


 私は多くの宗教が説いている、神にすがって祈りを捧げ、救いを求めるという他力信仰に、いつも疑問を感じていました。その教えは私にとって、のどが渇いている時に自分で水を飲もうとしないで、誰かが水を飲ませてくれるのを待ち続けているのと同じように思えたからです。それではまるで赤ちゃんと同じではないかしらとも思っていました。そして、読書会の学びの中で、スピリチュアリズムは自力信仰で、他力信仰は間違いであることを知ったときは、自分の感じていたことが間違いではなかったのだと、スッキリした気持ちになったのを覚えています。
 さらに、たとえどんなに摂理に背いても、再び霊的成長の道を歩めるような、「償い(カルマ清算)の法則」が用意されていることに、神の計り知れないほどの深い愛を感じています。生まれてきた目的である“霊的成長”を達成するために、ある意味、失敗を恐れずに常に上を向いて、自分を摂理に一致させる努力をしていけばよいのだと、新たなエネルギーが湧いてきました。


  ※なお引用にあたっては、スピリチュアリズム普及会の許可を得ています。


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◎シルバーバーチの言葉

〇霊優位(霊主肉従)の法則について
・「大霊はあなた方の内部に存在しています。進化の跡をたどれば確かに人間は向上しており、動物的進化の痕跡もとどめてはいますが、それは大霊の賜物 (たまもの)の一部にすぎません。あなた方はそれをはるかに凌ぐ霊の資質を内部に宿しており、その力を発揮すれば地上にあっても神のごとき生き方が可能となるのです。」
   (『シルバーバーチの教え・上』 P89 スピリチュアリズム普及会)

〇利他性(利他愛)の法則について
・「他人のために施した善意は決して消えません。なぜなら善意を施す行為に携わることによって霊的成長が得られるからです。博愛と情愛と献身から生まれた行為はその人の性格を増強し魂に消えることのない印象を刻み込んでいきます。」
 (―地球人類にとっての真のバイブルー『シルバーバーチの霊訓1』 P117 スピリチュアリズム普及会)

〇自由意志の法則について
・「すべての人間に自由意志が与えられています。ただしそれは、大霊が定めた摂理の範囲内で行使しなければなりません。摂理は大霊の愛から造られたものであり、子供たちのすべてを平等に支配しています。それを変えることは誰にもできません。あなた方は、摂理の範囲内において自由であるということです。」  (『シルバーバーチの教え・下』 P126~P127)

〇因果(カルマ)の法則について
・「“自分が蒔いた種は、自分で刈り取る”——あなた方は、この摂理から逃れることはできません。神の摂理をごまかすことはできないのです。」 (『シルバーバーチの教え・下』 P132 スピリチュアリズム普及会)

・「地上人生で起きるすべてのことは、いつの日か必ず帳尻が合うようになっています。いつかは自分で天秤(てんびん)を手にして、バランスを調節する日がまいります。あなた方は、自分が蒔いた種を自分で刈り取るという自然法則から逃れることはできません。 (『シルバーバーチの教え・下』 P117 スピリチュアリズム普及会)

〇償いの法則(カルマ清算の法則)について
・「私に言えることは、いかなる過ちも必ず正さなくてはならないということです。もし地上で正さなかったら、こちらへ来てから正さなくてはなりません。  (『シルバーバーチの教え・下』 P126 スピリチュアリズム普及会)

・「神の摂理に照らしてその歪(ゆが)みを正すまでは、罪はそのまま残っています。それが大霊の摂理なのです。」 
(『シルバーバーチの教え・下』 P134 スピリチュアリズム普及会)

〇自己責任の法則(自力救済の法則)について
・「その人は自由意志で、善ではなく悪をなす道を選んだのです。悪行が招いた結果から逃れることはできません。間違いは正さなければなりません。告白によって罪を消し去ることができると思うのは、自分に対するごまかしにすぎないのです。蒔いた種は自分で刈り取らなければなりません。それが神の摂理なのです。」 
(『シルバーバーチの教え・下』 P132~P133 スピリチュアリズム普及会)

・「あなたの行為が招いた結果を代わりに背負ってあげられる人はいません。あなたのすること考えることの一つ一つにあなた自身が責任を取らねばなりません。」  (『シルバーバーチの霊訓11』P90 潮文社)

〇代価の法則(自己犠牲の法則)について
・「もう一つ別の摂理をお教えしましょう。それは何の代価も支払わずに入手できるものは、この地上には何ひとつないということです。代価を支払わずに霊的能力を開発することはできませんし、魂の富を蓄えることもできません。霊的成長をおろそかにして金儲けにうつつを抜かしていると、そちらの世界では金持ちと言われても、こちらの世界では哀れな貧しい魂になってしまします。」 
(シルバーバーチの教え・上』 P94 スピリチュアリズム普及会)

・「我欲を捨て他人のために自分を犠牲にすればするほど内部の神性が大きく発揮され、あなたの存在の目的を成就しはじめることになります。」 (―地球人類にとっての真のバイブルー『シルバーバーチの霊訓1』P145 スピリチュアリズム普及会)

〇両極性の法則(相対性の法則・対照性の法則・光と陰の法則)について
・「地上生活には、時として辛さと絶望、痛みと悲惨さがともないますが、そのすべてが魂にとって永遠の旅路に向かうための準備なのです。
 暗黒と光、陰と日向(ひなた)といった対照的なものも、実は一個の統一体の反映にすぎません。陰なくしては光もあり得ず、光なくしては陰もあり得ません。それと同じで、困難は魂が向上するための階段です。困難・障害・ハンディキャップ——こうしたものは魂の試練なのです。それを克服したとき、魂はより強くなり、より純粋になり、より深くなり、いっそう進化するようになるのです。
 無限の可能性を秘めた魂の潜在能力が、困難も苦痛もなく、陰も悲しみも悲惨さもなしに発現すると思われますか。発現するはずがありません。 
 悲哀の極みをなめ尽くして初めて、魂の奥底からの喜びが味わえるのです。生命の階段を低く下りるほど、それだけ高く上れるのです。地上生活の陰と思える体験を重ねるほど、日向の喜びがひとしお身に沁みるようになるのです。すべてのことが霊性進化の肥やしになります。」  (『シルバーバーチの教え・上』 P109~P110 スピリチュアリズム普及会)

・「平穏の有り難さが分かるのは嵐の中においてこそです。晴天の気持ちよさが分かるのは雨の日があるからです。このようにすべてが両極の原理で成り立っているのです。もしも全体が光ばかりだったら、光の有り難さは分かりません。そうした違いが分かり自然の摂理のすばらしさが分かるのは、そのコントラスト、比較対象の原理のお陰です。」  (『シルバーバーチの霊訓 11』 P64 潮文社)

「健康で幸せな生活を送るためのただ一つの方法」

   

 健康で幸せな暮らしをしたい!これは、誰もが願っていることではないでしょうか。それを求めて、たくさんの人がいろいろな宗教を信仰し、祈りを捧げています。先日、自宅のポストに入っていたある宗教団体のチラシにも、“あなたも絶対幸せになれる!”という一文がありました。ではいったいどうしたらそうなれるのでしょう?モノやお金が多くあることや、今までの宗教が説いてきたように、教団の教えや儀式を忠実に守り、神に祈りを捧げれば、本当に幸せになれるのでしょうか?


 祈り(願い)を叶えるためには、祈る相手である神との関係を正しく知る必要があります。今まで人類は、神と人間は直接的な関係であると思ってきました。それは無数にある宗教も同じです。しかし、シルバーバーチは霊訓の中で、「大霊による直接の関与などというものは絶対にありません」と、はっきり言っています。シルバーバーチは、神と人間は摂理を介した間接的な関係であることを、人類史上、初めて明かしてくれたのです。

 実は、この霊的真理は霊界では常識なのですが、地上人やこれまでの宗教にとっては、天地がひっくり返るほどの衝撃的なことでした。今まで地上人類はこの霊的事実を知らなかったために、正しい信仰をもつことができなかったのです。

 私たち人間は、直接神を知ることはできません。神と人間の間には、常に摂理があるからです。従って私たちが神を知りたいと思うのであれば、神の造った摂理を知ることです。それによって初めて神を正しく認識することができるようになります。「摂理の神」の理解なしでは、正しい信仰を持ち、正しい信仰実践の道を歩むこともできないのです。


 「摂理の神」の信仰的意味のポイントには、次の3つがあります。
①摂理とは、神が人間を幸せにするために設けた仕組み
 人間の幸せを願って造られた摂理なのですから、その摂理にそった生き方をすれば、調和がもたらされ自然に幸福への道が開かれます。一方、摂理に反する生き方をすれば、バランスが崩れ不幸を招いてしまうのです。
②神の摂理にそうための忠実な努力が「正しい信仰」
 神の摂理にそうための努力は自分自身でしていかなければなりません。自分で自分を救っていく“自力信仰”が正しい信仰です。本当に自分を救えるのは、自分の努力なのです。
③神の摂理の支配を踏まえた上での神への語りかけが「正しい祈り」
 どの宗教でも、“祈り”を大切にしています。しかし、摂理に叶っていない祈りは、真剣であっても意味のない行為です。神の摂理を知ることで、初めて正しい祈りができるようになるのです。

(※「摂理の神の信仰的意味」についての詳しい内容は、東京スピリチュアリズムサークルHP 読書会の学習ポイントと感想 2018年10月20日・21日をご覧ください。)


 私は、神にすがってただひたすら救いを求める他力信仰は、子供が親に欲しいものをおねだりするのと、同じようなことだと考えています。人間の親子の間では、例外や特別な計らいがありますが、機械的にはたらく神の摂理にはそのようなことは一切起こりません。私たち人間が幸せになれるただ一つの方法は、「神の摂理にそった生き方をすること」です。自分を摂理に合わせる努力をしていくうちに、霊と精神(心)と肉体の調和がとれて、自(おの)ずと健康で幸せな生活が送れるようになっていくのです。

 私は昔、ある宗教に入っていたことがあります。その時は一生懸命その教団の教えや作法を学び、毎日決められた真言やお経をあげていました。しかし、そうした最中でも“これって本当に意味があるのかしら?”という思いが消えることはありませんでした。今振り返ってみると、ずいぶんと無駄で的外れなことをしてきたと思います。その後、幸いにして私はシルバーバーチによって、正しい神の姿・正しい神との関係を知ることができました。今、私は摂理の神という霊的真理を知らぬまま、神にすがる間違った信仰や間違った祈りをしている人の姿を見たり聞いたりすると、昔の自分を見ているような気がします。さらに、その人たちが祈り(願い)が叶わないことに悩み、心の奥で不安と恐怖を抱えながら日々をすごしているのを見るといたたまれなくなります。が、それと同時に、少しでも早く、一人でも多くの時期のきた人に、正しい霊的事実を知ってほしいと願う気持ちがよりいっそう強くなるのです

   ※なお引用にあたっては、スピリチュアリズム普及会の許可を得ています。

     ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

     ◎シルバーバーチの言葉

・「摂理に順応した生活を送っていれば、望み通りの結果が生じるようになっています。結果が出ないということは、摂理に一致した生き方をしていないことを示しています。」
   (『シルバーバーチの教え・上』 P93 スピリチュアリズム普及会)

・「真の幸福とは、大霊と一体になった者に訪れる安らぎのことです。それは心が大霊のリズムで鼓動し、大霊の意思と一致し、魂と精神が大霊と一つになっている状態のことです。大霊の摂理と調和しているから安らぎがあるのです。それ以外に安らぎは得られません。」
   (『シルバーバーチの教え・上』 P99 スピリチュアリズム普及会)

・「神を人間の都合のよい方向へ向けさせようとしても無駄です。神に摂理は、計画通りに絶え間なく作用しています。賢明なる人間——叡智を身につけたという意味で賢明な人間は、摂理の文句を言う前に、自分から神の無限の愛と叡智に合わせていくようになります。」    
(『—地球人類にとっての真のバイブル— シルバーバーチの霊訓・1』 P111 スピリチュアリズム普及会)

・「ここにおられる(ハンネン・スワッファー・ホームサークル)の皆さんは、霊的知識から生まれた完璧な信仰をもたなければいけません。皆さんは霊力の証(あかし)を手にしておられます。万事うまく行くという信念、大霊の摂理と調和して生きればそれ相当の実りを手にすることができるとの信念を持たなければなりません。」
(『シルバーバーチの教え・上』 P96 スピリチュアリズム普及会)

・「祈りをするうえで常に意識しなければならない対象とは、大霊、生命の摂理、宇宙の自然法則であるということです。 (中略)
——すべてのものが不変の法則によって支配されているのであれば、大霊に祈っても意味がないのではないでしょうか。というのは、祈りとは大霊に法則を変えてくれるように依頼することではないかと思うからです。
 それは私が理解している祈りとは違います。祈りとは、大霊に近づこうとする魂の願望です。」
    (『シルバーバーチの教え・上』 P120 スピリチュアリズム普及会)

・「いくら誠心誠意の祈りであっても、それだけで摂理が変えられるものではありません。いかなる教義を忠実に受け入れても、摂理を変えることなできません。」    (『シルバーバーチの霊訓・11』 P90 潮文社)






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