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「自殺は、さらに大きな苦しみの始まりです」


 最近、人身事故によって電車が遅れたり止まったりすることが、珍しくなくなりました。先日、私もその影響を受けて、予定より1時間以上も遅い帰宅になりました。電車の中で事故のアナウンスを聞いたとき、“ああ、もし自殺した後にどうなるのかを知っていたら、思い止まれたでしょうに……”と悔しいような残念なような気持になりました。

 自殺に追い込まれる理由は、病気・生活苦・人間関係のトラブルなどさまざまですが、共通しているのは、「これですべてが終わる」「これで楽になれる」という思いなのではないでしょうか。しかし、人間の本質は“霊”である以上、肉体がなくなっても人生は終わりになりません。それどころか、さらにより強い苦しみを新たに味わうことになるのです。シルバーバーチは、「自殺は決して許されない」「地上生活を勝手に終わらせることは魂にプラスにならない」といっています。生命は、大霊から与えられたものなので摂理に反することになるからです。

 そこで今回は、自殺をした人がその後どんな状態になるのかをいくつか紹介してみたいと思います。


①1858年パリの公衆浴場で自殺した身元不明の男性
——どうして自殺などしたのですか?
 「では、私は死んでいるのですか……。いや、そんなことはない……。まだ、体の中にいますから……。私がどれほど苦しいか、あなた方には分からないでしょう。ああ、息が詰まる!誰か、優しくとどめを刺してくれないだろうか?」
——どうして身元を確認できるようなものを何も残さなかったのですか?
 「私は、みなに見放されたからです。苦しみから逃れようとしたのに、これでは、まるで拷問です」 (中略)
——どうして、そんなことになったのですか?
 「ああ、どれくらいの人が私のようになっていることだろう……。家族の誰からも愛されなくなってしまった……。もう誰にも愛されないんだ!」
——いよいよ自殺をしようとしたとき、ためらいはなかったのですか?
 「とにかく死にたかったのです。疲れ果てていたので……。休息が欲しかった」
——「将来のことを考えて思いとどまる」という可能性はなかったのですか?
 「私には、将来は、もうありませんでした。希望をすっかり失っていたのです。希望がなければ、将来のことなど考えられません」
——生命が失われる瞬間は、どんな感じがしましたか?
 「よく分かりません。私が感じたのは……。 
  だいたい、私の生命はまだ失われていません。私の魂は、まだ体につながっています。ああ、蛆虫(うじむし)が身体を食っているのが感じられる!」
——死が完了したとき、どんな感じがしましたか?
 「死は完了しているのですか?」  (後略)
(『天国と地獄』 P163~P165 アラン・カルデック著  浅岡夢二訳  幸福の科学出版)

②ルーヴェ・フランソワ=シモン——身投げをした男性
 以下のメッセージは、1863年2月12日にル・アーヴルで行われた霊実在主義者の集いにおいて、自発的に降ろされた霊示である。
 「ああ、これほど長いあいだ、これほどひどく苦しんでいる悲惨な者に、どうか哀れみを!ああ、空虚……。空虚の中を落ちていく、限りなく落ちていく。ああ、助けてくれ~!
 神様、私はとても悲惨な人生を送りました。哀れな人間でした。特に、老いてからは、いつも飢えに苦しみました。だから、酒に溺れ、すべてを恥じ、すべてに嫌悪を感じていたのです……。もうこれ以上、生きていたくなくなり、身を投げました。
 ああ、神様、何という恐ろしい瞬間!いずれにしても、もうすぐ死ぬはずだったのに、どうして自分から死を選んだのだろうか?!
 どうか祈ってください。もうこれ以上、空虚がのしかかることに耐えられません。このままでは体が砕けてしまいます。どうかお願いします。
 あなたがたは、自殺によって地上を去った人間が、どれほどの悲惨を体験するか、よくご存じです。見ず知らずのあなた方に、こうしてお願いするのは、この苦しみに、これ以上、耐えられないからなのです。」
(『天国と地獄』 P174~P175 アラン・カルデック著  浅岡夢二訳   幸福の科学出版)

③首つり自殺をした女性
 「死にたい気持ちを抱いておられる方々に申し上げます。どんなことがあっても、それを実行に移してはなりません。自ら死を選んだ時、どれほどの地獄の苦しみが待ちうけているか、人間はご存じないし、また理解することもできないことでしょう。いったんその肉体から離れてしまうと、二度と戻れません。ということは、地上での義務がそれきり果たせなくなるということです。
 子供たちは、自分たちの母親が自殺したという思いを拭うことはできません。夫も子供も私を許してはくれないでしょう。スピリットにそそのかされたとはいえ、苦しむのは私でしかありません。
 霊界の法則をお知りになれば、その結果の恐ろしさが分かって、自殺などしなくなるはずです。自分で死のうなどという考えは、棄て去ってください。寿命が来るまで、なんとしてでも、この地上で頑張るのです。私が苦しんだ十年間は、地上に存在しているべき期間でした、本来ならその期間を地上で過ごしてから、こちらへ来るべきだったのです。そうすれば、その間に夫や子供たちのために私が果たすべき義務を果たすことができたわけです。
 私に割り当てられた寿命を全(まっと)うせずにこちらへ来るべきではなかったのです。それで、十年間にわたって私の目の前から、首を吊った自分の姿が消えなかったのです。そして、その間ずっと、夫子供が私を必要としていたことを思い知らされたのです。」  
(『迷える霊との対話』 P282~P283  C・A・ウィックランド著  近藤 千雄訳 ハート出版)


 このように自殺をした人は、死んだことが分からなかったり、自分が自殺をした瞬間の感覚や、映像を何年も繰り返し見せられるなど、地上で生きていた時の何倍もの苦しみを味わうのです。

 昔(シルバーバーチの霊訓に出会う前)、私もこの世からいなくなってしまいたい、いっそのこと死んでしまいたい、と思ったことがありました。幸い私はその考えにずっと捉われることはありませんでした。それは、これ以上悪くならないギリギリまで追いつめられてしまうとなぜか腹をくくったような状態になり、それまでさんざん思い悩んでもがいていた気持ちが、ストンと落ちついてしまい(今思えば、おそらく苦しみや困難から逃げようとしていたのが、正面から苦しみと向き合う覚悟ができたからなのだと思います)、その後、思いがけないところから自然と道が開けてくるのを体験したからです。

 シルバーバーチは、「背負いきれないほどの困難や苦しみを与えられることはない」「いかなる事態も本人が思っているほど暗いものではない」といっています。どんなに絶望的に思えても必ず乗り越えられるのです。たとえ、この世のすべての人から見放されたように思えても、霊的親である大霊や、誕生の時からずっと見守り導いてくれている守護霊から見放されることは絶対にありません。人間は決して一人ぼっちではないのです。

 もし、今自殺を考えている方がいらっしゃったら、どうかどんなに苦しくてもそれに耐え抜く勇気を持ってください。“もうダメだ!”と思ったその時こそ、次の扉が開かれる一歩手前まできているのですから…。


 今回は、少しでも多くの方に自殺についての霊的事実をお知らせしたいと思い、この記事を書きました。後ろにシルバーバーチが自殺についてどのように語っているのかを載せました。少し長いのですが、ご一読いただければ幸いです。

   ※なお、引用にあたっては、スピリチュアリズム普及会の許可を得ています。


     ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

  ◎シルバーバーチの言葉

●——愛する人に先立たれた者が、自ら命を絶つことは許されるでしょうか。」
 「いいえ、許されません。摂理の働きは完璧ですから、あなたはそれに忠実に従って生きなければなりません。摂理は大霊によって、すなわち完全なる愛によって統制されています。大霊はすべてのものに存在すると同時に、すべてのものを通して顕現しています。大霊によって統制されている摂理の働きを妨げる権利を有する者はいません。もしあなたが、摂理に反して自ら命を絶つとするなら、その行為に対する代償を払わなければなりません。
 例えば、熟さないうちにもぎ取ったリンゴは美味しくないように、あなたの霊に準備ができていないうちに霊界へ行ったなら、長い調整期間の中でその代償を払わなければなりません。愛する人々とも会えなくなります。自殺によって、あなたと周囲の人々の間に隔たりができてしまうからです。」           (『シルバーバーチの教え・下』 P166~P167 スピリチュアリズム普及会)


●別の日の交霊会では、親戚の者が自殺をしてしまったという人からの投書が読み上げられた。その最後に「自殺行為は霊的進歩の妨げになるのでしょうか」という質問があった。これに対してシルバーバーチが「もちろんです。」と答えると、
——神は耐え切れないほどの苦しみは与えないとおっしゃったことがありますが、自殺に追いやられる人は、やはり耐え切れない苦しみを受けるからではないでしょうか。
「それは違います。説明の順序として、これには例外があることから申し上げましょう。いわゆる精神異常者、あるいは霊に憑依されている場合もあります。が、この問題は今はわきへ置いておきましょう。いずれにせよ、このケースはごく少数です。大多数は私に言わせれば臆病者の逃避行為であるといってよいと思います。果たすべき義務に真正面から取り組むことができず、いま自分が考えていること、つまり死んでこの世から消えることがその苦しみから逃れるいちばんラクな方法だと考えるわけです。ところが、死んだつもりなのに相変わらず自分がいる。そして逃れたはずの責任と義務の観念が相変わらず自分につきまとう。その精神的錯乱が暗黒のオーラを生み、それが外界との接触を遮断します。その状態から抜け出られないまま何十年も何百年も苦しむ者がいます。 (中略)
 あなたの魂はあなた自身の行為によって処罰を受けます。みんな自分の手で自分の人生を書き綴っているのです。いったん書き記したものは二度と書き変えるわけにはいきません。ごまかしはきかないのです。自分で自分を罰するのです。その法則は絶対であり不変です。
 だからこそ私は、あくまで自分に忠実でありなさいと言うのです。いかなる事態も本人が思っているほど暗いものではありません。その気になれば必ず光が見えてきます。魂の奥に潜む勇気が湧き出てきます。責任を全うしようとしたことが評価されて、その分だけ霊界からの援助のチャンスも増えます。背負いきれないほどの荷はけっして負わされません。なぜなら、その荷はみずからの悪業がこしらえたものだからです。けっして神が“この人間にはこれだけものを負わせてやろう”と考えて当てがうような、そんないい加減なものではありません。
 宇宙の絶対的な法則の働きによって、その人間がその時までに犯した法則違反に応じて、きっちりとその重さと同じ重さの荷を背負うことになるのです。となれば、それだけの荷をこしらえることが出来たのだから、それを取り除くこともできるのが道理なはずです。つまり悪いこと、あるいは間違ったことをした時のエネルギーを正しく使えば、それを元通りにすることが出来るはずです。」
 ——因果律の働きですね。
 「そうです。それが全てです。」
 ——たとえば脳神経に異常をきたしてノイローゼのような形で自殺したとします。霊界へ行けば脳がありませんから正常に戻ります。この場合は罪はないと考えてよろしいでしょうか。
 「話をそういう風に持って来られると、私も答え方によほど慎重にならざるを得ません。答え方次第では私がまるで自殺した人に同情しているかのような、あるいは、これからそういう手段に出る可能性のある人に口実を与えていることになりかねないからです。
 もちろん私にはそんなつもりは毛頭ありません。今のご質問でも、確かに結果的に見ればノイローゼ気味になって自殺するケースはありますが、そういう事態に至るまでの経過を正直に反省してみると、やはりそのスタートの時点において私がさきほどから言っている“責任からの逃避”の心理が働いていたのです。もしもその人が何かにつまずいた時点で“自分は間違っていた。やり直そう。そのためにどんな責めを受けても最後まで責任を全うしよう”と覚悟を決めていたら、不幸をつぼみのうちに摘み取ることが出来ていたはずです。
 ところが人間というのは、窮地に陥るとつい姑息な手段に出ようとするものです。それが事態を大きくしてしまうのです。そこで神経的に参ってしまって正常な判断力が失われていきます。ついにはノイローゼ気味となり、自分で自分が分からなくなります。問題はスタートの時点の心構えにあったのです。」  (『シルバーバーチの霊訓・9』 P208~P212 潮文社)  


● 大きな悩みを抱えて自殺まで考えている男性から投書があり、シルバーバーチ霊は自殺行為をどう観ているかを聞いてみてほしいとあった。投書が読み上げられるのを聞いてシルバーバーチはこう語った。
 「事態を改善するよりも悪化させるようなことは、いかなる魂に対してもお勧めするわけにはまいりません。自殺行為によって地上生活に終止符を打つようなことは絶対にすべきではありません。もしそのようなことをしたら、それ相当の代償を支払わねばならなくなります。それが自然の摂理なのです。地上の誰一人として、何かの手違いのためにその人が克服できないほどの障害に遭遇するようなことは絶対にありません。
 むしろ私は、その障害物はその人の性格と霊の発達と成長にとって必要だからこそ与えられているのですと申し上げたいのです。苦しいからといって地上生活にさよならをしても、その苦しみが消えるわけではありません。それは有り得ないことです。またそれは摂理に反することです。地上であろうと霊界であろうと、神の公正から逃れることはできません。なぜならば、公正は絶対不変であり、その裁定はそれぞれの魂の成長度に合わせて行われるからです。」
——(司会者)この方は現在の自分の置かれている状態が不当だとおっしゃりたいようです。
 「分かっております。地上の人間は時として物事を逆さまに観ていることがあります。きわめて不完全な知識でもって判断しようとされます。人間にも一定範囲の自由意志が許されており、それを行使していらっしゃいますが、誰一人として自然の摂理から逃れられる人はいません。
 物質の世界から霊の世界へ移ったからといって、それだけで魂に課せられた責任から逃れられるものではありません。それだけは明確に断言できます。」 (中略)
 ——いずれにせよ自殺行為が為にならないことだけは間違いないでしょう。
「むろんです。絶対に為(ため)になりません。地上生活を勝手に終わらせることが魂にプラスになったということは絶対にありません。」 (『シルバーバーチの霊訓・9』 P206~P208 潮文社)




「自分を人のために役立てることを実践している人たち」

   
 シルバーバーチがくり返し説いていることの一つに、「自分を人のために役立てる」という教えがあります。今回はそれを実践している二人を取りあげてみたいと思います。 


 一人目は、山口県の祖父の家に帰省して、2018年8月12日に行方不明になっていた2歳の藤本理稀(よしき)君を15日に発見した、尾畠(おばた)春夫さんです。行方不明になってから3日がすぎていたので、私も理稀君のお母さんと同じように、もしかしたら難しいかもしれない……、と考えていましたが、無事に発見されて本当によかったと思いました。テレビの報道を見ていて、尾畠さんの今までのボランティア経験を活かした推理力・洞察力にも驚きましたが、それよりも心を打たれたのは、「何も求めないのが、真のボランティアだと思う」という姿勢でした。尾畠さんのお話は心に響くものが多いのですが、中でも、「かけた情は水に流せ、受けた恩は石に刻め」という言葉は、「無償の愛」の形を変えた表現だと思いました。 

 自分は学歴も何もないけれど、お世話になった社会に恩返しがしたい、との気持ちで始めたボランティア活動だそうです。必要なものはすべて自分で用意し、活動中は車の中で寝泊まりするなど、何も求めないという姿勢を貫き、謝礼などは一切受け取らないとのことです。また、「お金も体力もないから何もできない、という人には、心をくださいということにしている」、というお話もすばらしい言葉だと思います。

 78歳の尾畠さんは、年金暮らしの中での活動だそうですが、その奉仕の精神に徹した姿は、多くの人の心に感動を与えたことでしょう。また、発見には至りませんでしたが、捜索に協力した町内の皆さんにも心温まるものを感じました。


 二人目は、少し前になりますが、「世界ナゼそこに日本人、人々の命を救い世界で感謝されているスゴイ日本人2時間スペシャル(2018年6月18日 テレビ東京)」で放送されていた脳外科医の福島孝徳(たかのり)さんです。福島さんのことは、健康番組などで以前から何度も目にしていました。しかし、人柄や日常生活を知ったのは今回が初めてでした。

 これまで2万4千人以上の命を救ってきて、「ラストホープ」と呼ばれている福島さんのもとには、世界中から助けを求めるメールが毎日届きます。その一つ一つに患者さんの人生が掛かっているのだからといって、愛情をこめて返事をすると話されていました。

 食事は、野菜や果物・日本で買い集めたレトルト食品などで立ったままわずか2,3分ですませ、夜遅くまで仕事をしている福島さんです。それを見た記者が、「ご自分の時間はあるのですか?」と尋ねると、「私の自分の個人の時間なんてない。まったくないです。これが私の日常生活です。」との答えです。記者がさらに「何故そこまでして仕事をされるのですか?」と聞くと、「それは患者を愛しているから」との答えを聞いた時、その徹底した自己犠牲の精神に私の心は感動でいっぱいになりました。そして、この人の背後にはいったいどれほどの霊医(霊界の医者)たちが援助しているのだろうかと思いを巡(めぐ)らせました。アメリカ人の同僚医師が、「彼ほど神さまから愛されている医師はいない」といっていましたが、本当にその通りだと思います。


 今回取りあげたお二人は、おそらくシルバーバーチのことはご存知ないでしょう。しかし、その奉仕の精神に徹した生き方を実践されている姿には頭が下がります。霊的真理を知らない方でも、これほどの生き方ができるのです。ましてや、霊的真理を知った者は、その責務を果たすために、力の限り真理普及に努めていかなければならないとの強い思いに、身も心も引き締まりました。
          
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◎シルバーバーチの言葉

・「私たちからすれば、人のために役立つことをする人はすべて立派な人間ですが、その「役に立つ」というのは真理を普及することだけに限られるわけではありません。他にもいろいろあります。
病(やまい)に蝕まれた身体で苦しんでいる人々をその痛みから解放してあげること、不正と圧政に戦いを挑むこと、憎しみ合いをやめさせること、自由を守り悪を排除し、魂の奥にある大霊の資質を発揮させてあげること——こうした仕事は真の意味でのサービス(奉仕)といえます。」
(『シルバーバーチの教え・上』P54~P55 スピリチュアリズム普及会)


・「地上の価値判断の基準は私どもの世界とは異なります。地上では“物”を有難がり大切にしますが、こちらでは全く価値を認めません。人間が必死に求めようとする地位や財産や権威や権力にも重要性を認めません。そんなものは死とともに消えてなくなるのです。が、他人のために施した善意は決して消えません。なぜなら善意を施す行為に携わることによって霊的成長が得られるからです。博愛と情愛と献身から生まれた行為はその人の性格を増強し魂に消えることのない印象を刻み込んでいきます。
 (中略)あなたが他人のために自分なりにできるだけのことをしてあげたいという確信を心の奥に感じることができたら、あなたはまさに、あなたなりの能力のかぎりを開発したのであり、最善を尽くしたことになります。」
 (—地球人類にとっての真のバイブル―『シルバーバーチの霊訓』1:P117~P118 スピリチュアリズム普及会)


・「我欲を棄て他人のために自分を犠牲にすればするほど内部の神性がより大きく発揮され、あなたの存在の目的を成就しはじめることになります。家族的情愛や恋愛が間違っていると言っているのではありません。外へ向けてのより広い愛の方が上だと言っているのです。排他性の内向的愛よりも発展性の外交的愛の方が上です。
(中略)愛の最高の表現は己を思わず、報酬を求めず、温かさすら伴わずに、全てのものを愛することができることです。その段階に至った時は神の働きと同じです。なぜなら自我を完全に滅却しているからです。愛は人のために尽くし、人を支え、人を慰めんと欲します。愛は慈悲、同情、親切、優しさとなって表現されます。愛はまた、滅私と犠牲の行為となって表れます。」
 (—地球人類にとっての真のバイブル―『シルバーバーチの霊訓』1:P145~P146 スピリチュアリズム普及会)


・「あなた方は自らが大霊の一部であることを忘れてはいけません。あなた方一人ひとりが、大霊の仕事・大霊の力・大霊の愛・大霊の知識に貢献できるのです。 (中略)
 それをいかなる形でするか、手を差し伸べる相手が誰であるか、どこで暗闇に光明をもたらすかは問題ではありません。挫折した人々を元気づけ、弱っている人々に力を与え、飢えている人々に食べ物を施し、身を横たえる場所もない人々に休息の場を提供してあげることです。
 それらの一つひとつが大霊の仕事の一部なのです。そうした努力をしていればどこにいても常に、あなた方を援助するための霊力がもたらされ、魂を鼓舞してくれます。そして、あなた方の想像を超えた結果を生みだすことになるのです。
 大霊が働きかけるのは教会や大聖堂や寺院ではありません。霊力に反応する人がいれば、そこがどこであろうと大霊は誠意に燃えた高級界の霊団を派遣します。地上の人間はとかく大霊の働き場所を限定して考え、特別な資格を持った人々を通してのみ働きかけると思いがちですが、地上界へつながる通路さえあれば、どこであろうと、いつであろうと、誰であろうと、その通路を使って働きかけます。
 霊力には地上的な差別——階級や肩書、社会的地位や肌の色、国家や民族の違いなどは関係ありません。霊力に反応する人であれば、それが誰であろうと、そこがどこであろうと、高級界から霊力を注いて精神を明るく照らし、魂を鼓舞し、神のブドウ園の園丁(えんてい)として使用します。(「ブドウ園の園丁」は、マタイ伝の「神の国はブドウ園で働く人を雇うために朝早く出かける主人のようなものである」から——訳注)   (中略) 
そしてあなた方は、自分自身には何も求めず、ひたすら他人の霊的向上のみを目的とする真の奉仕(サービス)の喜びを味わうことになります。」 
(『シルバーバーチの教え・上』P91~P93 スピリチュアリズム普及会)


※なお、引用にあたってはスピリチュアリズム普及会の許可を得ています。




 「読書会に参加する前の私と今の私」



 私が「埼玉シルバーバーチの会」の読書会に参加するようになってから3年になろうとしています。

 読書会に参加する前の私は、シルバーバーチの霊訓やスピリチュアリズムに漠然とした感じを持っていました。
霊訓の中で「摂理の神」の文章を目にしたときは、やっと納得できるものにであえた喜びでいっぱいになりました。そのためしばらくの間は、「神とは摂理なのだ」とばかり思っていたのです(今思うと、それは「神」を一つの側面から見ていただけでした)。
このような状態で、内容を人に伝えようとしても、「スピリチュアリズム」や「神」について何をどう話したらよいのかが分からず、もどかしい思いをかかえている自分がいました。


 それが、読書会で、「神についてどのように考えたらよいのか(神観)」「人間とはどんな存在なのか(人間観)」「正しい祈りとはどのようなものか(祈り)」などを学んでいるうちに、少しずつまとまりが感じられるようになってきたのです。
さらに、昨年から今年にかけて、「スピリチュアリズムの全体像」を「救済」と「宗教」という、二つの大きな視点(観点)から学んできました。そのおかげで今では、「ああ、これは霊的成長についてだ」「これは正しい祈りについてだ」などと、より整理されたかたちで、霊訓の内容が自分の中に入ってくるようになりました。そして、ほんの少しですが人に話せるようになってきています。



 『シルバーバーチの霊訓』をはじめとするスピリチュアリズム関係の本は、20冊を超える膨大な量です。一通り目を通すだけでも、かなりの時間が必要になります。そのうえ、ぜんぶ読み終わったころには、はじめのほうの内容は忘れてしまっています。霊訓をひたすら繰り返し読んでいただけでは、どうしても部分的・断片的な見かたになり、なかなかスピリチュアリズムの思想(霊的真理)を正しく理解することは難しいのです。
そこで、スピリチュアリズムの内容を整理して、全体像を学んでいくことが必要になります。ちょうど、地図や一覧表を作ると、全体を見渡しやすくなるのとおなじです。



スピリチュアリズムの全体像を一人で把握するのは、とても難しいことです。そのため読書会に参加することは、とでも大きな意義があります。
シルバーバーチは次のように語っています。

「こうしたサークル活動は、あなた方が霊的存在であって物的存在でないことを忘れないようにするうえでも役に立っております。人間には、こうしたものがぜひとも必要です。なぜなら、人間は毎日、毎時間、毎分、あくせくと物的生活に必要なものを追い求めているうちに、つい、その物的なものが殻に過ぎないことを忘れてしまいがちだからです。それは実在ではないのです。」
  (ハート出版:『シルバーバーチのスピリチュアル・メッセージ』 P49)

今、私はシルバーバーチのこの言葉を深く実感しています。あの時思いきって読書会に参加して本当によかったと思っています。もし、あのまま一人で霊訓を読み続けていたら、スピリチュアリズムの霊的真理をほとんどわからずにすごしていたでしょう。へたをするとスピリチュアリズムへの熱意が冷めてしまっていたかもしれません。
この霊界からの導きに感謝して霊的真理の普及に役立てるように、さらに学びと実践を重ねていきたいと決意を強くしました。


  
   ※なお、引用にあたっては、スピリチュアリズム普及会の許可を得ています。








「いったいだれが何のためにスピリチュアリズムを始めたのか?」



 6月の読書会に参加したときのことです。
「スピリチュアリズムを理解するためには、スピリチュアリズムを始めた人の気持ちになって考えるとよく分かります」という内容の説明を聞いた時、私の中に驚きが走りました。今までに一度もそんなことを考えたことがなかったからです。と同時に、「そうか、そんな視点からもスピリチュアリズムを見ることができるんだ」と思いました。


 スピリチュアリズムを始めたのはだれでしょうか?それは、イエスを中心とする霊界の高級霊たちです。すると、「ではいったい何のために、イエスたちは、スピリチュアリズムを始めたのか?」という疑問がわいてきます。その答えは、「地球人類が、悲劇の中で苦しんでいるから」です。


イエスたちは、これまでに何度も、霊性の進んだ人間に霊的真理のインスピレーションをおろして、人類を救おうとしてきました。しかし、一人の人間の受け取れる真理は、ドアの隙間からのぞいた景色のようにごくわずかなものです。そのホンの少しの真理も、時間の経過とともに、人間が物質的視点から考えだした人工的教義の中に埋もれてしまいました。

それは、
「人間がせっかく手にしながらいつしか見失うということを繰り返してきた真理」
   (スピリチュアリズム普及会:『シルバーバーチの教え』上 P53)

「霊界の指導者は、地上界が大霊の意図にそって発展するように、大霊のバイブレーションに相応できる者(霊媒・霊能)を地上へ派遣してきましたが、大霊からかけ離れてしまった人類は、霊的に鈍感になり、物的なことしか理解できませんでした。」
   (スピリチュアリズム普及会:『シルバーバーチの教え』上 P55)

というシルバーバーチの霊訓にも語られています。

 そこで霊界は、「今度こそ!」との思いで綿密な計画を立てました。
今の地上界は、唯物主義と利己主義におおわれています。そうなってしまった根本原因は、人類が物質的なことばかりに目を向けてしまい、霊的なことを何も知らないからです。その「霊的無知」をなくすためにおろされたのがシルバーバーチをはじめとするスピリチュアリズムの霊訓だったのです。


 高級霊たちは、自分の霊的成長や光輝く霊界での生活を犠牲にして霊的真理をおろしてくださいました。その時です!イエスも地上での使命を終えてから、なんと2千年もの間ずっと人類を救おうとしていたことに気がついたのは・・・・・・。50年、100年ではありません。2千年です!今の私には、想像を超える期間です。そのことを考えたとき、その忍耐力・スケールの大きさ・愛の深さに何とも言えない感謝の気持ちでいっぱいになりました。


 この霊界の計画を成就するには、地上で手足となってはたらく道具が絶対に必要です。以前から私は、「霊界の道具」というのは、宅配便のドライバーに似ていると考えています。依頼主は霊界の人々・荷物は霊的真理・お届け先は時期のきた人です。私は今のところは、まだ見習い中ですが、

「こんどこそは、“唯物主義”と“利己主義”の勢力が絶対にはびこらないように努力しています。」
   (スピリチュアリズム普及会:『シルバーバーチの教え』上 P53)

とのシルバーバーチの熱い熱い思いに少しでも応えるために、「霊界から信頼される宅配便のドライバー」を目指していこうと思いを新たにしました。



  ※なお、引用にあたっては、スピリチュアリズム普及会の許可を得ています。





「 いま、なぜ世界規模で混乱が広がっているのか?」  


 最近、毎日のように痛ましい事件のニュースが入ってきます。その中でも7月14日にフランスで起きた「ニーストラックテロ事件」と7月26日の「相模原障害者施設殺傷事件」が印象に残っています。


 ニースの事件では、「なるべく大勢の人を殺すために、トラックをジグザグに走らせたのだろう」とのコメントを聞いた時、「人はここまで残虐になれるものなのか!?」と間違った宗教による洗脳の恐ろしさを痛感しました。
 一方、相模原の事件では、「通常の状態でこれ程次々と人を殺傷できるのかしら?」と思っていたら、麻薬や覚せい剤を使っていたことを知り、ある意味納得しました。


以前の私は悲惨なニュースを見聞きすると、「このようなありさまで、人間の霊性は本当に向上しているのだろうか?」「平和になるどころかだんだん世の中の混乱が酷(ひど)くなってきているけれども、大丈夫なのだろうか?」と思い、暗澹(あんたん)たる気持ちになっていました。


しかし、「物質的な惨事に遭遇すると、人間は霊的なものに目覚め始めるようになります。物的な手段がすべて失敗に終わったとき、ワラをも掴(つか)む思いでそれまで試みられてきた制度を吟味し、そこに頼れるものがないことを悟ります。
 そこに至ってようやく霊的真理の出番となり、新しい世界の構築が始まります。」 
(スピリチュアリズム普及会  『シルバーバーチの教え』上& 『シルバ-バ-チは語る』:P60)

という、シルバーバーチの霊訓を目にした時、「そうか、霊的真理が表舞台にでるためには、行きつくところまでいかないとダメなのだな」と思い、痛ましさは残るものの私の暗い気持ちは和らぎました。
が、霊的真理が表舞台にでるために、なぜこんな混乱状態が必要なのかが実感できずにいました。


 最近、「地上天国はいつの日かきっと成就されますが、それはゆっくりとした段階をへながら、そして時には苦痛を伴いながら成就されてまいります。おっしゃるような暴力・混乱・衝突・戦争・残虐行為が増えつつあるのは、今地上世界オーバーホール(修理・点検のための全面的解体作業)の過程にあるからです。」            (潮文社 『シルバーバーチの霊訓』 11 P167)

との霊訓を読みました。「今、地上世界がオーバーホールの過程にある」という、シルバーバーチの言葉にハッとしました。、
「そうだ!今はオーバーホールの時なんだ、新しく家を建てるためには古い家を壊して更地にする必要があるのとおなじだ」と思いました。

今ある古い家は、「物質中心主義・利己主義」を土台にしてつくられています。そこへ「霊中心主義・利他主義」というまったく新しタイプの家を建てるためには、基礎(土台)からやり直さなくてなりません。それには古い家を全部壊した、平らな地面が必要なのに気がついたのです。

さらにあちらこちらのテレビ番組で、「一体どうしたらこれを解決できるのだろう」といっているのを聞いて、思わず「そろそろ霊的真理の出番です!」と霊的楽天性を発揮(?!)した独り言をいってしまいました。


きっとこれからまだまだ色々な事件がおきるでしょう。でも今は、新しい世界(霊中心主義の世界)が表舞台に出るための準備期間なのです。それを意識して日々のニュースに振り回されずに、霊的視点で冷静に対処していくことにしました。



  ※引用に当っては、スピリチュアリズム普及会の許可を得ています。



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