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「健康で幸せな生活を送るためのただ一つの方法」

   

 健康で幸せな暮らしをしたい!これは、誰もが願っていることではないでしょうか。それを求めて、たくさんの人がいろいろな宗教を信仰し、祈りを捧げています。先日、自宅のポストに入っていたある宗教団体のチラシにも、“あなたも絶対幸せになれる!”という一文がありました。ではいったいどうしたらそうなれるのでしょう?モノやお金が多くあることや、今までの宗教が説いてきたように、教団の教えや儀式を忠実に守り、神に祈りを捧げれば、本当に幸せになれるのでしょうか?


 祈り(願い)を叶えるためには、祈る相手である神との関係を正しく知る必要があります。今まで人類は、神と人間は直接的な関係であると思ってきました。それは無数にある宗教も同じです。しかし、シルバーバーチは霊訓の中で、「大霊による直接の関与などというものは絶対にありません」と、はっきり言っています。シルバーバーチは、神と人間は摂理を介した間接的な関係であることを、人類史上、初めて明かしてくれたのです。

 実は、この霊的真理は霊界では常識なのですが、地上人やこれまでの宗教にとっては、天地がひっくり返るほどの衝撃的なことでした。今まで地上人類はこの霊的事実を知らなかったために、正しい信仰をもつことができなかったのです。

 私たち人間は、直接神を知ることはできません。神と人間の間には、常に摂理があるからです。従って私たちが神を知りたいと思うのであれば、神の造った摂理を知ることです。それによって初めて神を正しく認識することができるようになります。「摂理の神」の理解なしでは、正しい信仰を持ち、正しい信仰実践の道を歩むこともできないのです。


 「摂理の神」の信仰的意味のポイントには、次の3つがあります。
①摂理とは、神が人間を幸せにするために設けた仕組み
 人間の幸せを願って造られた摂理なのですから、その摂理にそった生き方をすれば、調和がもたらされ自然に幸福への道が開かれます。一方、摂理に反する生き方をすれば、バランスが崩れ不幸を招いてしまうのです。
②神の摂理にそうための忠実な努力が「正しい信仰」
 神の摂理にそうための努力は自分自身でしていかなければなりません。自分で自分を救っていく“自力信仰”が正しい信仰です。本当に自分を救えるのは、自分の努力なのです。
③神の摂理の支配を踏まえた上での神への語りかけが「正しい祈り」
 どの宗教でも、“祈り”を大切にしています。しかし、摂理に叶っていない祈りは、真剣であっても意味のない行為です。神の摂理を知ることで、初めて正しい祈りができるようになるのです。

(※「摂理の神の信仰的意味」についての詳しい内容は、東京スピリチュアリズムサークルHP 読書会の学習ポイントと感想 2018年10月20日・21日をご覧ください。)


 私は、神にすがってただひたすら救いを求める他力信仰は、子供が親に欲しいものをおねだりするのと、同じようなことだと考えています。人間の親子の間では、例外や特別な計らいがありますが、機械的にはたらく神の摂理にはそのようなことは一切起こりません。私たち人間が幸せになれるただ一つの方法は、「神の摂理にそった生き方をすること」です。自分を摂理に合わせる努力をしていくうちに、霊と精神(心)と肉体の調和がとれて、自(おの)ずと健康で幸せな生活が送れるようになっていくのです。

 私は昔、ある宗教に入っていたことがあります。その時は一生懸命その教団の教えや作法を学び、毎日決められた真言やお経をあげていました。しかし、そうした最中でも“これって本当に意味があるのかしら?”という思いが消えることはありませんでした。今振り返ってみると、ずいぶんと無駄で的外れなことをしてきたと思います。その後、幸いにして私はシルバーバーチによって、正しい神の姿・正しい神との関係を知ることができました。今、私は摂理の神という霊的真理を知らぬまま、神にすがる間違った信仰や間違った祈りをしている人の姿を見たり聞いたりすると、昔の自分を見ているような気がします。さらに、その人たちが祈り(願い)が叶わないことに悩み、心の奥で不安と恐怖を抱えながら日々をすごしているのを見るといたたまれなくなります。が、それと同時に、少しでも早く、一人でも多くの時期のきた人に、正しい霊的事実を知ってほしいと願う気持ちがよりいっそう強くなるのです

   ※なお引用にあたっては、スピリチュアリズム普及会の許可を得ています。

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     ◎シルバーバーチの言葉

・「摂理に順応した生活を送っていれば、望み通りの結果が生じるようになっています。結果が出ないということは、摂理に一致した生き方をしていないことを示しています。」
   (『シルバーバーチの教え・上』 P93 スピリチュアリズム普及会)

・「真の幸福とは、大霊と一体になった者に訪れる安らぎのことです。それは心が大霊のリズムで鼓動し、大霊の意思と一致し、魂と精神が大霊と一つになっている状態のことです。大霊の摂理と調和しているから安らぎがあるのです。それ以外に安らぎは得られません。」
   (『シルバーバーチの教え・上』 P99 スピリチュアリズム普及会)

・「神を人間の都合のよい方向へ向けさせようとしても無駄です。神に摂理は、計画通りに絶え間なく作用しています。賢明なる人間——叡智を身につけたという意味で賢明な人間は、摂理の文句を言う前に、自分から神の無限の愛と叡智に合わせていくようになります。」    
(『—地球人類にとっての真のバイブル— シルバーバーチの霊訓・1』 P111 スピリチュアリズム普及会)

・「ここにおられる(ハンネン・スワッファー・ホームサークル)の皆さんは、霊的知識から生まれた完璧な信仰をもたなければいけません。皆さんは霊力の証(あかし)を手にしておられます。万事うまく行くという信念、大霊の摂理と調和して生きればそれ相当の実りを手にすることができるとの信念を持たなければなりません。」
(『シルバーバーチの教え・上』 P96 スピリチュアリズム普及会)

・「祈りをするうえで常に意識しなければならない対象とは、大霊、生命の摂理、宇宙の自然法則であるということです。 (中略)
——すべてのものが不変の法則によって支配されているのであれば、大霊に祈っても意味がないのではないでしょうか。というのは、祈りとは大霊に法則を変えてくれるように依頼することではないかと思うからです。
 それは私が理解している祈りとは違います。祈りとは、大霊に近づこうとする魂の願望です。」
    (『シルバーバーチの教え・上』 P120 スピリチュアリズム普及会)

・「いくら誠心誠意の祈りであっても、それだけで摂理が変えられるものではありません。いかなる教義を忠実に受け入れても、摂理を変えることなできません。」    (『シルバーバーチの霊訓・11』 P90 潮文社)






「神と人類は、いったいどんな関係なのでしょうか?」



 人間は、狩猟時代の昔から神に祈ってきました。その様子が洞窟の壁画に残されています。今でも毎日、大勢の人々が、神に祈りを捧げています。特定の宗教を信仰していない人でも、お正月の初詣や、受験シーズンの合格祈願には、神社やお寺でお祈りをしているのではないでしょうか。
ところで祈りを捧げる相手である「神」とは、どんな存在なのでしょうか。また神と人間の関係は、どのようなものなのでしょうか。


 シルバーバーチによってもたらされた「神観(神のイメージ)」をまとめると、①創造主としての神、②大霊としての神、③愛の始原としての神(愛なる神)、④摂理としての神、⑤究極の理想・目標としての神、の五つになります。この①から⑤を合わせて一つにした存在が「神観」になります。
中でも④の「摂理としての神(摂理観)」は、シルバーバーチが人類に初めて伝えた神観の核心部分といってもよいものです。私は、初めてこの“摂理の神”という言葉を目にした時の感動を今でも忘れられません。寝る前に少しでも霊訓を読もうと思い、横になって読んでいたのですが、“そうか、そうだったのか!”と思わず飛び起きてしまいました。


 さて、その摂理の神とはどのような神なのでしょう?一般的には誰もが自分の祈りは神が直接聞いてくださっていると考えています。それは、とても位の高い人と直接話をしているような感覚なのではないでしょうか。そして何とかしてその相手に自分の願いを聞き届けて欲しいと思い祈っています。今までの宗教でも神は人間を直接支配していると説いてきました。しかし、シルバーバーチは、「神が直接人間に関与することはない」と言っています。これは、今ある宗教の信仰を根底から覆(くつがえ)してしまうものです。

 神は、すべてのものを創造する時、それらを支配し、維持・運行するために「摂理(法則)」を設けました。この摂理は永遠に存在し、絶対に変わることはありません。人間もその摂理によって支配されているので、神が人間に直接関与することはないのです。神と人間との間には、常に摂理があるのです。つまり、神は摂理を介して人間を支配していることになります。神の創られた摂理は機械的に働き、例外は一切なく、そこに人間の感情が入り込む隙間はありません。ですから、えこひいきや特別な配慮というのもまったくないため、完全な公平・完全な平等が保たれています。人間の思いにおかまいなく働く摂理の機械性は、人間には冷たく感じられます。しかし摂理は人類が幸せになるために設けられたものです。摂理の背後には人類の霊的成長を願う、神の大きくて温かい愛が隠れているのです。

 
 私はシルバーバーチの霊訓に出会う前に、“こんなに心をこめて一生懸命に祈っているのに、なぜ神は応えてくださらないのだろう”という言葉を聞いたことがあります。そのころの私はあまり祈っていませんでしたが、同じような疑問は持っていました。人類はこの「摂理の神」という、霊的事実を知らなかったために今でも的外れな祈りをしているのです。それは聖職者と言われる人びとも例外ではありません。わたし自身も真理に出会う前は同じことをしていました。

 シルバーバーチは、霊訓の中でくり返し摂理の神について語っています。それには人類が神と人間の正しい関係を知って、真実の祈りができるようになって欲しいとの願いが込められています。摂理を無視した祈りは絶対に叶うことはないのです。この霊的事実、霊的真理が多くの人に伝わり、的外れな祈りをする人がいなくなるよう、私もシルバーバーチや高級霊の思いに少しでも応えていかなければいけない、との決意を新たにしました。 


(※「摂理の神」についての詳しい内容は、東京スピリチュアリズムサークルHP 読書会の学習ポイントと感想 2018年9月15日・16日を、「神観」については、同じく6月16日・17日をご覧ください。)

 ※なお引用にあたっては、スピリチュアリズム普及会の許可を得ています。

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     ◎シルバーバーチの言葉

・「大霊による直接の関与などというものは絶対にありません。」  
(『霊的新時代の到来』P46 スピリチュアリズム普及会)

・「大霊とは摂理(法則)であり、あらゆるものを支配しています。摂理に関わりなく生じるものは、宇宙には何一つ存在しません。
 地震・雷・嵐——こうしたものについてどのように理解すべきか地上人が頭を悩ませていることは、私もよく承知しています。しかし、それらはすべて摂理の支配下にある宇宙の一部なのです。」(『シルバーバーチの教え・上』 P79 スピリチュアリズム普及会)

・「物的世界は、他のすべての世界と同じく、絶対不変の摂理によって支配されております。その摂理は無限の過去から存在していましたし、これからも無窮の未来まで存在し続けます。予期しなかった事情が生じて改めざるを得なくなることはありません。これまでの摂理では間に合わない新たな事態が生じるということも絶対にありません。その作用は完璧であり、停止することも、無効になることもありません。無限の知性によって考案されたものだからです。」 
   (『シルバーバーチの霊訓・11』 P89 潮文社)

・「宇宙は、誤ることのない叡智と慈悲深い目的をもった法則によって統括されています。その証拠に、あらゆる生命が暗黒から光明へ、低きものから高きものへ、不完全から完全へ向けて進化していることは、間違いない事実です。
このことは、慈悲の要素が摂理の中に配剤されていることを意味します。ただ、その慈悲性に富む摂理にも機械性があることを忘れてはなりません。」 
   (『地上人類への最高の福音』 P164 スピリチュアリズム普及会)

・「驚異に満ちたこの宇宙が、かつて一度たりともしくじり(・・・・)を犯したことのない摂理によって支配され、規制され、維持されているのです。その摂理の働きは、一度たりとも間違いを犯したことがないのです。変更になったこともありません。廃止されて別のものと置き換えられたこともありません。いま存在する自然法則はかつても存在し、これからも未来永劫存在し続けます。なぜなら、完ぺきな構想のもとに、全能の力によって生み出されたものだからです。
 宇宙のどこでもよろしい、よく観察すれば、雄大なものから極小のものまでの、ありとあらゆる相が、自然の法則によって生かされ、動かされ、規律正しくコントロールされていることがお分かりになります。途方もなく巨大な星雲を見ても、極微の生命を調べてみても、あるいは変転きわまりない大自然のパノラマに目を向けても、さらには小鳥・樹木・花・海・山川・湖のどれ一つ取ってみても、ちょうど地球が地軸を中心に回転することによって季節のめぐりが生じているように、すべての相とのつながりを考慮した法則によって統制されていることが分かります。
 種子を蒔けば目が出る——この、いつの時代にも変わらない摂理こそ、大霊の働きの典型です。大霊はしくじったことはありません。あなた方が見放さないかぎり、大霊は決してあなた方を見放しません。
 わたしは、大霊の子すべてに、そういう視野をもっていただきたいのです。」 
     (『霊的新時代の到来』 P199~P200 スピリチュアリズム普及会)

・シルバーバーチの祈りから
「(前略) 霊の世界から派遣されたあなたの使者であるわたしどもは、かつて限られた少数の人間のみに啓示され、今は物的領域を超えてあなたの計画を垣間(かいま)見ることのできる者すべてに啓示されつつある摂理の働きを、あなたの働きそのものとして啓示せんとしているところでございます。(後略)」 
     (『霊性進化の道しるべ』 P151 スピリチュアリズム普及会)


「なぜ“叶えられる祈り”と“叶えられない祈り”があるのでしょうか?」


 今年の6月23日、タイで洞窟に入ったサッカーチームの少年たちとコーチ13人が、雨による増水のために洞窟内に閉じ込められるという事件が起こりました。このニュースは世界でも注目され、日本でも連日報道されていました。少年たちの救出のために、タイの海軍だけでなく、世界の多くの国からダイバーやいろいろな専門家が駆けつけました。非常に難しいといわれていた救出が7月10日に無事成功したとのニュースを見た時は、ずっと気になっていた私も、本当によかったとホッと胸をなでおろしました。18日間というかなり長い日数の間、少年たちの家族だけでなく、世界の多くの人が彼らの無事を祈っていたことと思います。

 この事件に限らず今、世界中の人々が、日々何らかの祈りをしています。宗教を信仰している人はもちろん、そうでない人も、事あるごとにお祈りをしているのではないでしょうか。しかし、祈りには、「叶(かな)う祈り」と「叶わない祈り」があります。それはいったいどうしてなのでしょうか?何か理由(わけ)があるのでしょうか?

 そこで今回は、祈りと祈るときの注意点について少し触(ふ)れてみたいと思います。
 祈りは誰に対してするかといえば、いろいろな対象がありますが、神にすることが多いでしょう。ということは、祈りの対象である「神」を正しく理解していなければ、祈りは届かないことになります。荷物の宛先やメールアドレスが間違っていれば、その荷物やメールは相手に届かないのと同じです。では、正しい神観・神のイメージとは、どのようなものなのでしょうか。


 シルバーバーチによって明らかにされた神観は、①創造主としての神、②大霊(たいれい)としての神、③愛の始原としての神、④摂理としての神、⑤究極の理想・目標としての神、の5つにまとめられます。この5つを合わせた「正しい神の姿」を、きちんと理解して初めて神に届く正しい(叶う)祈りができるのです。特に、「摂理としての神」は、シルバーバーチによって初めて人類に伝えられた画期的なものです。

 シルバーバーチによると、神は、すべてのものを創造する際、それらを支配し、維持・運行するために完ぺきな摂理を設けました。それ故、神と人間との関係は、直接的なものではなく、摂理を介した間接的なものになるのです。

 今までにさまざまな宗教がさまざまな神観を説いてきましたが、この霊的真理を知らなかったために、どの宗教も、間違った神をイメージしてきたのです。祈りの土台となる神観が間違っていたのでは、「正しい祈り」をすることはできません。人類はこれまで見当違いの祈りをずっと続けてきたのです。この摂理の神という神観を知るまで私も、単なる願い事の祈りをたくさんしていました。今思うと、願いが叶わないのは当然のことだったのです。


 では、いったいどのような祈りをしたらよいのでしょうか。手本となるのは、高級霊であるシルバーバーの祈りです。しかし、シルバーバーチのような高くて深い祈りは、そう簡単にできるものではありません。日常生活の中に祈りを取り入れ、それを続けていくことで、少しずつ深い祈りができるようになっていきます。その際の注意点をまとめると、

 ①祈りの対象は、大霊である神だけ(天使や守護霊ではない)
 ②祈りはいつ、どこで行ってもよい(神はどこにでもいる)
 ③祈りは一人で行うのが原則(時にはスピリチュアリストが集まって行うこともある)
 ④祈りは声に出しても、心の中でしてもよい(声に出したほうがよりはっきりする)
 ⑤神への呼びかけは、何でもよい(シルバーバーチは大霊と呼んでいる)
 ⑥祈りの内容は、摂理に一致していること(物質的利益や地位や名誉など身勝手な願い事はしない)
 ⑦自分のための祈りノートをつくる(高い心境にある時の祈りを書き留めておくと、心が下がった時、引き上げることができる)
となります。 
        ※詳しくは東京スピリチュアリズムサークルHP 読書会のポイントと感想7月をご覧ください。


 今回の事件では、ダイバーなどの専門家たちを支える大勢のボランティアが協力したそうです。困っている人を助けるのは当たり前、というタイの人たちの美しい姿勢に、私はとても心を打たれました。そして、救出された少年たちが、今回の経験を活かして人の役に立てるような大人になって欲しいと思っています。と同時に、一人でも多くの方が、正しい神の姿を知り、正しい祈りができるようになることを願って、この記事を終ることにします。

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◎シルバーバーチの言葉

・「私が勧める祈りの言葉は、たった一言しかありません。”何とぞ私を人のために役立てる方法を教え給え“――これです。大霊のため、そして大霊の子供たちのために一身を捧げたいとの祈りほど、崇高なもの、偉大な愛、これに優る宗教、これより深い哲学はありません。」 (『シルバーバーチの教え・上』P114 スピリチュアリズム普及会)


◎シルバーバーチの祈り

・「ああ、真白き大霊よ。
あなたは無限なる霊であるがゆえに、あらゆる定義と説明を超越した存在であらせられます。いかなる書物も、いかなる礼拝所も、いかなる建造物も、いかなる言語も、あなたのすべてを包含することはできず、あなたを完全に解き明かすことできません。
過ぎ去りし時代には、特別な才能に恵まれた数少ない者たちが、見えざる世界からのインスピレーションを受け取り、天上界とその住民の生活を垣間(かいま)見てまいりました。しかし、そのインスピレーションは霊能者たちの精神的ならびに霊的進化の制約を受けざるをえなかったため。あなたについての理解には歪(ゆが)められ、不正確・不完全なものにとどまることになってしまいました。
今、私たちは、ほんの一握りの者ではなく、多くの霊能者を通して全宇宙の背後に控える無限なる霊的存在について、より真実に近い概念を啓示しようと努めております。絶対的支配力を有する大自然の摂理の存在を教え、その摂理には例外も変更も廃止もないことを説いております。そしてその絶対的摂理が、物質の世界だけでなく全生命界をも支配しており、生命活動のあらゆる側面が摂理によって統制され、すべてがその支配下にあることを解き明かしているのでございます。
こうして無限なる霊によって創案され、愛と叡智を通して働いている摂理は、宇宙の生命活動のすべてを認知しております。地上で生活する人類もまた、その支配の中にあるのでございます。全生命を創造したあなたの霊が、地上の子供たちに一人ひとりに宿っており、その神聖なる絆は永遠に切れることはありません。あなたと子供たちを結びつけている絆は、墓場を超えて霊界においても永久に存在し続けるのでございます。
もしも、あなたの子供たちがあなたを正しく理解するならば。彼らは自らを正しく理解することができるようになり、自分自身の内にあなたの完全性のひな型を見いだすことになるのでございます。それは今、子供たちの中で、より大きな表現へ向けて呼び覚まされるのを待ちながら、居眠りをしているような状態で潜在しております。
生命の法則について深く知るようになるにつれて、あなたの子供たちは自分自身の行為を正し、内部の神性をより多く発現できるようになります。そして子供たちは平安と静寂の中で、力と自信の源を見いだすことになるのでございます。
人間は霊の資質を開拓することにより、高遠の世界の進化せる霊たちとの、より豊かな交わりが得られるようになります。それが地上を公正で豊かで、もっと美しい場所にするための助けとなるのでございます。
それによって地上世界の悲劇と悲しみと不安は、消滅するようになってまいります。なぜなら、無知に代わって知識が支配し、健康が病気を駆逐し、慰めが悲哀にとって代わり、永い間、暗黒が支配してきた場所に真理の光が灯されることになるからでございます。そうした目標に向けて、なってまいります。なぜなら、無知に代わって知識が支配し、健康が病気を駆逐し、慰めが悲哀にとって代わり、永い間、暗黒が支配してきた場所に真理の光が灯されることになるからでございます。そうした目標に向けて私たちは、あなたの子供たちのために献身している大勢の仲間たちとともに、努力しているところでございます。
 ここに、人々への奉仕を願う、あなたの僕の祈りを捧げます。
(CD『シルバーバーチの祈り』—The Spirit Speaksより— 4章 スピリチュアリズム普及会)

    ※なお、引用にあたっては、スピリチュアリズム普及会の許可をえています。

「すべての人間は神(大霊)の愛する子供です!  船戸結愛ちゃん事件に思うこと…」



 最近、親が子供を虐待するニュースを見聞きすることが多くなりましたが、今年の3月、東京都目黒区で起きた船戸結愛ちゃん(5歳)の事件は、結愛ちゃんが書き残したノートの内容が多くの人に、「何とか救えなかったのか」という思いを持たせました。今でも、花などを手向けに訪れる人が、絶えないそうです。

 私もテレビに映る結愛ちゃんのあどけない写真を見るたびに心が痛くなります。それと同時に、この家族のまわりに誰か一人でも「すべての人間は大霊(神)の子供である」という霊的真理を知っている人がいたら……」という悔しさにも似た思いがわき起こってきます。このことが結愛ちゃんの両親に伝えられていれば、この事件は防げたかもしれないと思ったからです。

 人間の本質は肉体ではなく霊です。その霊は、大霊である神から分け与えられたものです。それ故、神はすべての人間にとって霊的親であり、その子供であるすべての人間は、神を親とする霊的兄弟姉妹なのです。そこには、血のつながりや人種の違いなどはまったく関係ありません。この霊的事実を知れば、自分の実子であるかそうでないかによって差別することは間違いであることがすぐにわかるはずです。大切なのは、血のつながりではなく、霊(魂)レベルのつながりなのです。


 ここで「神」について少し触れてみたいと思います。
「神」は、人類にとって大切なテーマの一つです。人類はその答えを宗教に求めてきましたが、未だに共通の神観(かみかん)(神の姿・イメージ)を持つことができないでいます。それは、地上人は肉体があるために霊的感性が鈍くなり、神を実感することが難しくなっているからです。地上の宗教は、理性や知性で神を理解しようとしてさまざまな神を作りだし、それがもとで争いを繰り返してきました。それに対して肉体を持たない霊界人は、常に神を実感することができるのです。シルバーバーチの神観は、霊界の高級霊からもたらされた「霊界の神観」なのです。


シルバーバーチの神観(神の定義)は、
①創造主としての神(神は存在するすべてのものを創造した。人間も神によって造られた。)  
②大霊としての神(神は無形であり無限の存在。人間的要素をそなえた存在ではない。)
③愛の始原としての神(愛なる神)・究極の愛としての神(神は人間にとって霊的親であり、すべての人間は神を親とする霊的兄弟姉妹。)
 ④摂理としての神(神は全存在物の支配・維持・運行のために愛に基づいた完璧で完全平等な摂理を設けた。)
⑤究極の理想・目標としての神(人間にとって神は、霊的成長のための永遠の目標。)

の5つにまとめられます。

  ※シルバーバーチの神観については、「東京スピリチュアリズムサークルHP 学習のポイントと感想 2018年6月」をご覧ください。


 この神観からも分かるように、子供は親の所有物ではありません。子供にも親と同じ神の分霊が宿っているのです。子供は神からの一時的な預かりものです。もちろん、心身ともに未熟である子供に「しつけ」は必要です。しかしそれは、これからの地上人生で霊的成長するために必要な基本的なことを学ぶためであって、親のエゴを押しつけるものであってはならないのです。私は結愛ちゃんの両親は、自分たちに都合のよい状態を作りだすために「しつけ」という言葉を使って、自分自身の霊を利己心で覆い隠していたのではないかと思っています。

 そして人は、常に「愛されたい」という欲求をごく自然に持っています。それは、人間は大霊によって、霊的存在として造られているので、常に親である大霊の愛を求める霊的本能があるからです。特に幼い子供は親を通して神の愛を受け取るようになっています。結愛ちゃんもパパから愛されたくて、言われた通りに朝の4時に起きて、一生懸命にひらがなの練習をしたのでしょう。たとえその内容が人から言われて書いたものだとしても、その直向(ひたむ)きさ、健気(けなげ)さを思うと、何ともいえない気持ちになります。

 残念なことに結愛ちゃんは、今回の地上人生では肉体を持った状態での霊的成長の道を途中で閉ざされてしまいました。が、霊界での手厚いケアによって再び霊的成長の道を歩み始めることができます。結愛ちゃんの両親のしたことは決して見過ごされることはありません。それ相応の償いの道を歩まなければならないでしょう。しかし、この二人も神の愛する大切な子供であることに変わりはありません。「罪を憎んで人を憎まず」のことわざのように、私には悔しい思いはあっても、この両親を憎む気持ちはありません。

今、私が結愛ちゃんの両親に願うことは、これから先、じっくりと自分自身と向き合って本当の自分に気がついて欲しい、そして少しでも早く霊的真理を知るチャンスに恵まれて欲しいということです。


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  ◎シルバーバーチの言葉

〇創造主としての神について
 「神は人間をご自分に似せて創造されたのです。生命は霊であり、霊は生命です。霊的に似せて創造された以上、あなたは永遠に神とつながっており、神性を共有しているのです。ということは、必然的に人間は霊的大家族の一員であることになります。同じ神性が宿っているからです。ですから人間は、霊的に神に似ているのであり、姿が似ているというのではありません。」 (『シルバーバーチの霊訓』11 P109~P110 潮文社)

〇大霊としての神について
 「神は万物の内側にも外側にも存在しています。神から離れては誰一人存在できません。神から切り離されるということはあり得ないのです。あなたの中にも存在しますし、雨にも太陽にも花にも野菜にも動物にも、その他いかに小さなものでも、存在を有するかぎりは、すべてのもの宿っているのです。
 私が大霊と呼んでいるこの神の概念を伝えるのは至難の業です。あらゆるものを支配し、あらゆるものから離れず、存在するものすべてに内在している崇高な力です。」(『シルバーバーチの霊訓』11 P108~P109 潮文社)

「大霊とは宇宙の自然法則です。物質界と霊界のすべての生命体の背後にある創造的エネルギーです。大霊は完全なる愛であり、完全なる叡智です。(中略)
 人間が「神」と呼んでいるのは、宇宙の自然法則のことです。大霊(神)は万物に内在しています。すべての存在物が大霊であると言えるのです。(中略)
 地上界のすべて、霊界のすべて、そしてまだあなた方に知らされていない世界のすべてが、大霊の法則の絶対的な支配の中にあるのです。その法則から離れては何ひとつ生じません。すべてが法則の範囲内で発生していますから、大霊はすべてを知っていることになります。」(『シルバーバーチの教え・上』P76~P77 スピリチュアリズム普及会)

〇愛の始原としての神について
 「宇宙に存在を与えたのは神の愛です。宇宙が存在し続けるのも神の愛があればこそです。全宇宙を経綸し全存在を支配しているのも神の愛です。その愛の波長に触れた者が自分の愛する者だけでなく、血縁によって結ばれていない赤に他人へも手を差し伸べんとする同胞愛に燃えます。愛は自分より不幸な人へ向けて自然に手を差し伸べさせるものです。全生命の極致であり、全生命の根源であるところの愛は、よりいっそうの表現を求めて人間一人ひとりを通して地上に流れ込みます。そして、いつの日か、全宇宙が神の愛によって暖かく包まれることになるでしょう。」 (『シルバーバーチの霊訓』1 P142 潮文社)

〇摂理(法則)としての神について
「大霊とは宇宙の自然法則です。物質界と霊界のすべての生命体の背後にある創造的エネルギーです。」
(『シルバーバーチの教え・上』P76 スピリチュアリズム普及会)
 「宇宙は法則によって支配されており、その法則は規模においても適応性においても無限なのです。それは無限の愛と叡智から生まれたものであり、したがって完璧であり、過(あやま)ったり失敗したりすることが絶対にないのです。」 (『シルバーバーチの霊訓』7 P143 潮文社)

〇究極の理想・目標としての神について
「霊性が開発されていくにつれて少しずつ大霊に近づき、摂理と調和していくようになることを悟っていただきたいのです。」 (『シルバーバーチの教え・上』P95 スピリチュアリズム普及会)


  ※なお、引用にあたっては、スピリチュアリズム普及会の許可を得ています。 






「ものみの塔の方たちとの何度かのお話で感じた、宗教の間違った教えの怖さ」 



 私は昨年、病気の治療のために、1年ほど自宅を離れて生活していました。私のガンの病状がかなり進行していて、最初に入院した病院では、手術ができないといわれたためです。

 手術後の抗がん剤治療中は、免疫力の低下・吐気・だるさ・痺れなどのいろいろな症状に対応するのが精一杯でした。が、全部で6回あるその治療も終了して、一月ほどが過ぎ、それまでとは違うサイクルに入ったころ、何か今の私でもスピリチュアリズムを広めるためにできることはないかしら、という思いが湧いてくるようになっていました。

しかし、そのような話をする知り合いもなく、外出も体力的に買い物に行く程度しかできません。頭や目もボーッとして、集中力が続かないのでまとまった文章を考えるのも思うようにならない状態です。それでも何かないかと考えていたとき、「ものみの塔」の人たちのことを思いだしました。それまでにも、2,3回いらしていたのですが、さすがに抗癌剤の治療中はお話する余裕がなく、あたりさわりのない応対をしていました。その方たちと少しお話をしてみようと思ったのです。あまり外に出かけられない当時の私にとって、あちらから来てくださるのはありがたいことでした。


 どうやってお話をしようかと考えましたが、まず、ものみの塔の教えの内容を知りたいと思い、二つほど聞いてみることにしました。

 「ものみの塔」というと、輸血をしないということがすぐに思い浮かびます。しかし、なぜ輸血を禁止しているのか、その理由を知りたいと思いました。というのもシルバーバーチも輸血には、血液にはその人の本質の一部である幽質が含まれているために賛成していないからです。

そこでさっそく聞いてみると、血は魂だからという私にはよくわからない答えでした。それではお肉は食べないですかと質問すると、「いえ、血を抜いた肉は食べます」とのこと。完全に血を抜くなんてできないのにと思いながら、細かいことにこだわってもしかたがないので、次にイエスについて聞いてみました。すると、イエスは神ではなく神が最初に作った人間、との答えでした、それを聞いた私は思わず、「ではイエスとその前の人間とはどう違うのですか」といったら、今までそんなことを聞いた人がいなかったのでしょう、相手の方はしどろもどろになってしまい、気の毒なことをしてしまいました。

 そこで話題を変えようと思い、死後の世界についての話をしようとしたら、霊や霊界は存在しないといわれて、今度は私の方が椅子から転げ落ちたような気分になるほど、ビックリしてしまいました。私の不勉強で、ものみの塔は『聖書』が教典ですので、霊や霊界の存在は、当然認めているものとばかり思っていたからです。でも、復活はあるというので、それでは人間は死んだあと復活するまでの間どうしているのかを聞くと、「神がこの人はこういう人だったと記憶してくださっていて、作り直してくださる」との答えに、また驚いてしまいました。お二人が帰られたあと、私はしばらくの間、考えこんでしまいました。霊も、霊界も認めないという方たちと、どのように話をしていけばよいのかが分からなくなってしまったのです。


 何日か考えた結果、聖書の内容の矛盾に気がつくきっかけになればと思い、その後、訪問してくださるたびに、疑問を投げかけてみることにしました。

ものみの塔では、聖書の内容は創世記も含めてすべて真実だと教えられているそうです。私は、創世記の部分は神話や伝説にすぎないことを伝えた後、創世記の内容が本当であると仮定して、話を進めてみました。まず、お二人に、神の造られた摂理は絶対で、人間の法律のように作り変えられることは絶対にないことについての同意を得たうえで、「完全で絶対に誤ることのない神が、洪水を起こして滅ぼさなければならないような、ある意味、失敗作ともいえるような人間を造ったのは、おかしいと思いませんか?」と疑問を投げかけました。また、別の日に、「罪を犯して刑務所に入った親の罪は、その子供の罪になり、子供(子孫)が償わないといけないのですか?」ときくと、「その必要はない」との答えでした。そこで、アダムとエバ(イブ)が犯した罪を、なぜその子孫が背負わなければならないのかを聞いてみました。が、いずれの質問にも明確な答えは聞くことはできませんでした。お二人ともとてもまじめな方で、その場でわからない時には次のときに答えを用意してきてくださいました。


 このように、お会いするたびにお二人が答えに困るような質問ばかりしていた私は、もしかすると気を悪くされているかなと思い、それを口にしました。すると、「いえ、私たちもいろんなお話をしたいと思うのですが、なかなかそのような機会がなくて……」といわれるのを聞いた時、本当の真理を求めている、この方たちの魂の奥底の声を聞いたような気がして、もどかしい気持ちになりました。それと同時に、お二人の守護霊のことが思いうかび、どんな思いで守護していらっしゃるのかを考えると、言葉にならない思いが込みあげてきました。何とか抜けだすきっかけになればと思い、その後もいろいろな疑問を投げかけてみましたが、シルバーバーチのいうように、一度宗教の教義に心を束縛されてしまうと、よほどのことがない限りそこから抜けだすのは難しいのです。まして、親がすでにその宗教を信仰していた場合、マインドコントロールはより深くなります。しかし、お二人のうち一人は、大人になってからの信仰でした。その方は、私が疑問を口にするたびに声をあげられて、心の奥で何かを感じていらっしゃるのが分かり、洗脳の深さは人それぞれなのが分かりました。

私はお二人とのお話を通して、霊的無知(霊的なことについて何も知らない)から作りだされた間違った教えが、魂の自由を奪い、霊的牢獄に閉じこめ、人間にとって最も大切な霊的成長の芽を摘んでしまう「魂の病」を引きおこすのを実感しました。


 ものみの塔の方たちは、世の中のようすからして近いうちにハルマゲドンが起こり、この地上に「神の国」が現れるのをひたすら待っているのです。それで、私は「神の国(地上天国)」は現れるが、それは神やイエスが与えてくださるものではなく、人間一人ひとりの努力によってつくりだされるものであることを伝えました。そして、いよいよ自宅に戻る日が近づいた日、「そういえばこんなことをいっていた人がいたなあ、と思いだしてくださればとても嬉しく思います。」と、いいました。地上にいる間に気づくのは難しいとしても、せめて霊界に戻ったときの魂の目覚めのきっかけの助けになれれば、との思いからでた言葉でした。

     ※地上の宗教の間違いについての詳しい内容は、「東京スピリチュアリズムサークル」HP、「読書会の学習ポイントと感想(2018年5月)」をごらんください。



 私は今回、お二人との話しをする時に、スピリチュアリズムやシルバーバーチという言葉を、敢(あ)えて一度も使いませんでした。それは、ものみの塔では他の霊的な教えはサタンの教えなので聞かないように教えられている、というのを目にしたことがあったからです。しかし、はたしてそれでよかったのかどうか、やはりもっとはっきり話したほうがよかったのではないかと、心の片隅にスッキリしない気持ちをずっと抱えていました。

そんな時、「日本スピリチュアル・ヒーラーグループ」のホームページ(ヒーラーの声)の「サタンなど本当はいないのに!」という記事を読んで、「ああ、やはりシルバーバーチの名前を出さなくてよかった!」と思いました。もし、スピリチュアリズムの名前をだして、サタンの教えだと気持ちを閉ざされてしまったら、お二人に真理を話せなくなってしまったからです。だた、最後にもう一言「私はスピリチュアリズムを学んでいます」、あるいは、「私はシルバーバーチの本を読んでいます」とつけ加えた方がよかったのかもしれません。その方が、彼女たちが霊的真理を知るきっかけが多くなるからです。


 ものみの塔のお二人もいつかは必ず教団の教えの間違いに気がつかれるはずです。その魂の目覚めの少しでも早い訪れを願う祈りとともに、この記事を閉じることにします。


   ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

  ◎シルバーバーチの言葉

○輸血について
 「私は、ここで改めて輸血という行為に不賛成を表明せざるを得ません。そのわけは、輸血に際して注入されるのは血液だけでなくて、それに付随した幽質の要素も含まれているからです。それは献血者の人間性の一部です。つまり輸血によってその献血者の本性にかかわるさまざまな要素までもが他人に移されることになり、これは、場合によっては好ましくないケースも有り得ます。」 (『霊的新時代の到来』 P55 スピリチュアリズム普及会)

○「魂の病」について
 「宗教の教義(信条)による束縛は、地上の悲劇の一つです。それは重い疫病よりも悪質で、肉体の病気の苦しみよりも、はるかに酷(ひど)い苦痛をもたらします。なぜならそれは「魂の病(やまい)」を生み出し、霊に目隠しをしてしまうからです。」  
(『シルバーバーチの教え・上』 P124 スピリチュアリズム普及会)

○宗教的束縛(洗脳)について
 「私たちは物質世界の子供たちがどのようにすれば霊的真理の光に浴し、伸び伸びと生きることができるか、どのようにすれば人間的産物である教義への隷属状態から脱け出せるかをお教えしようとしているところです。もとよりそれは容易な仕事ではありません。なぜなら、いったん宗教的束縛を受けるようになると、迷信の厚い壁を真理の光が突き抜けるには、永い永い時間を要するからです。」 (『シルバーバーチの教え・上』 P40 スピリチュアリズム普及会)


   ※なお、引用にあたっては、スピリチュアリズム普及会の許可を得ています。

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