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「自殺は、さらに大きな苦しみの始まりです」


 最近、人身事故によって電車が遅れたり止まったりすることが、珍しくなくなりました。先日、私もその影響を受けて、予定より1時間以上も遅い帰宅になりました。電車の中で事故のアナウンスを聞いたとき、“ああ、もし自殺した後にどうなるのかを知っていたら、思い止まれたでしょうに……”と悔しいような残念なような気持になりました。

 自殺に追い込まれる理由は、病気・生活苦・人間関係のトラブルなどさまざまですが、共通しているのは、「これですべてが終わる」「これで楽になれる」という思いなのではないでしょうか。しかし、人間の本質は“霊”である以上、肉体がなくなっても人生は終わりになりません。それどころか、さらにより強い苦しみを新たに味わうことになるのです。シルバーバーチは、「自殺は決して許されない」「地上生活を勝手に終わらせることは魂にプラスにならない」といっています。生命は、大霊から与えられたものなので摂理に反することになるからです。

 そこで今回は、自殺をした人がその後どんな状態になるのかをいくつか紹介してみたいと思います。


①1858年パリの公衆浴場で自殺した身元不明の男性
——どうして自殺などしたのですか?
 「では、私は死んでいるのですか……。いや、そんなことはない……。まだ、体の中にいますから……。私がどれほど苦しいか、あなた方には分からないでしょう。ああ、息が詰まる!誰か、優しくとどめを刺してくれないだろうか?」
——どうして身元を確認できるようなものを何も残さなかったのですか?
 「私は、みなに見放されたからです。苦しみから逃れようとしたのに、これでは、まるで拷問です」 (中略)
——どうして、そんなことになったのですか?
 「ああ、どれくらいの人が私のようになっていることだろう……。家族の誰からも愛されなくなってしまった……。もう誰にも愛されないんだ!」
——いよいよ自殺をしようとしたとき、ためらいはなかったのですか?
 「とにかく死にたかったのです。疲れ果てていたので……。休息が欲しかった」
——「将来のことを考えて思いとどまる」という可能性はなかったのですか?
 「私には、将来は、もうありませんでした。希望をすっかり失っていたのです。希望がなければ、将来のことなど考えられません」
——生命が失われる瞬間は、どんな感じがしましたか?
 「よく分かりません。私が感じたのは……。 
  だいたい、私の生命はまだ失われていません。私の魂は、まだ体につながっています。ああ、蛆虫(うじむし)が身体を食っているのが感じられる!」
——死が完了したとき、どんな感じがしましたか?
 「死は完了しているのですか?」  (後略)
(『天国と地獄』 P163~P165 アラン・カルデック著  浅岡夢二訳  幸福の科学出版)

②ルーヴェ・フランソワ=シモン——身投げをした男性
 以下のメッセージは、1863年2月12日にル・アーヴルで行われた霊実在主義者の集いにおいて、自発的に降ろされた霊示である。
 「ああ、これほど長いあいだ、これほどひどく苦しんでいる悲惨な者に、どうか哀れみを!ああ、空虚……。空虚の中を落ちていく、限りなく落ちていく。ああ、助けてくれ~!
 神様、私はとても悲惨な人生を送りました。哀れな人間でした。特に、老いてからは、いつも飢えに苦しみました。だから、酒に溺れ、すべてを恥じ、すべてに嫌悪を感じていたのです……。もうこれ以上、生きていたくなくなり、身を投げました。
 ああ、神様、何という恐ろしい瞬間!いずれにしても、もうすぐ死ぬはずだったのに、どうして自分から死を選んだのだろうか?!
 どうか祈ってください。もうこれ以上、空虚がのしかかることに耐えられません。このままでは体が砕けてしまいます。どうかお願いします。
 あなたがたは、自殺によって地上を去った人間が、どれほどの悲惨を体験するか、よくご存じです。見ず知らずのあなた方に、こうしてお願いするのは、この苦しみに、これ以上、耐えられないからなのです。」
(『天国と地獄』 P174~P175 アラン・カルデック著  浅岡夢二訳   幸福の科学出版)

③首つり自殺をした女性
 「死にたい気持ちを抱いておられる方々に申し上げます。どんなことがあっても、それを実行に移してはなりません。自ら死を選んだ時、どれほどの地獄の苦しみが待ちうけているか、人間はご存じないし、また理解することもできないことでしょう。いったんその肉体から離れてしまうと、二度と戻れません。ということは、地上での義務がそれきり果たせなくなるということです。
 子供たちは、自分たちの母親が自殺したという思いを拭うことはできません。夫も子供も私を許してはくれないでしょう。スピリットにそそのかされたとはいえ、苦しむのは私でしかありません。
 霊界の法則をお知りになれば、その結果の恐ろしさが分かって、自殺などしなくなるはずです。自分で死のうなどという考えは、棄て去ってください。寿命が来るまで、なんとしてでも、この地上で頑張るのです。私が苦しんだ十年間は、地上に存在しているべき期間でした、本来ならその期間を地上で過ごしてから、こちらへ来るべきだったのです。そうすれば、その間に夫や子供たちのために私が果たすべき義務を果たすことができたわけです。
 私に割り当てられた寿命を全(まっと)うせずにこちらへ来るべきではなかったのです。それで、十年間にわたって私の目の前から、首を吊った自分の姿が消えなかったのです。そして、その間ずっと、夫子供が私を必要としていたことを思い知らされたのです。」  
(『迷える霊との対話』 P282~P283  C・A・ウィックランド著  近藤 千雄訳 ハート出版)


 このように自殺をした人は、死んだことが分からなかったり、自分が自殺をした瞬間の感覚や、映像を何年も繰り返し見せられるなど、地上で生きていた時の何倍もの苦しみを味わうのです。

 昔(シルバーバーチの霊訓に出会う前)、私もこの世からいなくなってしまいたい、いっそのこと死んでしまいたい、と思ったことがありました。幸い私はその考えにずっと捉われることはありませんでした。それは、これ以上悪くならないギリギリまで追いつめられてしまうとなぜか腹をくくったような状態になり、それまでさんざん思い悩んでもがいていた気持ちが、ストンと落ちついてしまい(今思えば、おそらく苦しみや困難から逃げようとしていたのが、正面から苦しみと向き合う覚悟ができたからなのだと思います)、その後、思いがけないところから自然と道が開けてくるのを体験したからです。

 シルバーバーチは、「背負いきれないほどの困難や苦しみを与えられることはない」「いかなる事態も本人が思っているほど暗いものではない」といっています。どんなに絶望的に思えても必ず乗り越えられるのです。たとえ、この世のすべての人から見放されたように思えても、霊的親である大霊や、誕生の時からずっと見守り導いてくれている守護霊から見放されることは絶対にありません。人間は決して一人ぼっちではないのです。

 もし、今自殺を考えている方がいらっしゃったら、どうかどんなに苦しくてもそれに耐え抜く勇気を持ってください。“もうダメだ!”と思ったその時こそ、次の扉が開かれる一歩手前まできているのですから…。


 今回は、少しでも多くの方に自殺についての霊的事実をお知らせしたいと思い、この記事を書きました。後ろにシルバーバーチが自殺についてどのように語っているのかを載せました。少し長いのですが、ご一読いただければ幸いです。

   ※なお、引用にあたっては、スピリチュアリズム普及会の許可を得ています。


     ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

  ◎シルバーバーチの言葉

●——愛する人に先立たれた者が、自ら命を絶つことは許されるでしょうか。」
 「いいえ、許されません。摂理の働きは完璧ですから、あなたはそれに忠実に従って生きなければなりません。摂理は大霊によって、すなわち完全なる愛によって統制されています。大霊はすべてのものに存在すると同時に、すべてのものを通して顕現しています。大霊によって統制されている摂理の働きを妨げる権利を有する者はいません。もしあなたが、摂理に反して自ら命を絶つとするなら、その行為に対する代償を払わなければなりません。
 例えば、熟さないうちにもぎ取ったリンゴは美味しくないように、あなたの霊に準備ができていないうちに霊界へ行ったなら、長い調整期間の中でその代償を払わなければなりません。愛する人々とも会えなくなります。自殺によって、あなたと周囲の人々の間に隔たりができてしまうからです。」           (『シルバーバーチの教え・下』 P166~P167 スピリチュアリズム普及会)


●別の日の交霊会では、親戚の者が自殺をしてしまったという人からの投書が読み上げられた。その最後に「自殺行為は霊的進歩の妨げになるのでしょうか」という質問があった。これに対してシルバーバーチが「もちろんです。」と答えると、
——神は耐え切れないほどの苦しみは与えないとおっしゃったことがありますが、自殺に追いやられる人は、やはり耐え切れない苦しみを受けるからではないでしょうか。
「それは違います。説明の順序として、これには例外があることから申し上げましょう。いわゆる精神異常者、あるいは霊に憑依されている場合もあります。が、この問題は今はわきへ置いておきましょう。いずれにせよ、このケースはごく少数です。大多数は私に言わせれば臆病者の逃避行為であるといってよいと思います。果たすべき義務に真正面から取り組むことができず、いま自分が考えていること、つまり死んでこの世から消えることがその苦しみから逃れるいちばんラクな方法だと考えるわけです。ところが、死んだつもりなのに相変わらず自分がいる。そして逃れたはずの責任と義務の観念が相変わらず自分につきまとう。その精神的錯乱が暗黒のオーラを生み、それが外界との接触を遮断します。その状態から抜け出られないまま何十年も何百年も苦しむ者がいます。 (中略)
 あなたの魂はあなた自身の行為によって処罰を受けます。みんな自分の手で自分の人生を書き綴っているのです。いったん書き記したものは二度と書き変えるわけにはいきません。ごまかしはきかないのです。自分で自分を罰するのです。その法則は絶対であり不変です。
 だからこそ私は、あくまで自分に忠実でありなさいと言うのです。いかなる事態も本人が思っているほど暗いものではありません。その気になれば必ず光が見えてきます。魂の奥に潜む勇気が湧き出てきます。責任を全うしようとしたことが評価されて、その分だけ霊界からの援助のチャンスも増えます。背負いきれないほどの荷はけっして負わされません。なぜなら、その荷はみずからの悪業がこしらえたものだからです。けっして神が“この人間にはこれだけものを負わせてやろう”と考えて当てがうような、そんないい加減なものではありません。
 宇宙の絶対的な法則の働きによって、その人間がその時までに犯した法則違反に応じて、きっちりとその重さと同じ重さの荷を背負うことになるのです。となれば、それだけの荷をこしらえることが出来たのだから、それを取り除くこともできるのが道理なはずです。つまり悪いこと、あるいは間違ったことをした時のエネルギーを正しく使えば、それを元通りにすることが出来るはずです。」
 ——因果律の働きですね。
 「そうです。それが全てです。」
 ——たとえば脳神経に異常をきたしてノイローゼのような形で自殺したとします。霊界へ行けば脳がありませんから正常に戻ります。この場合は罪はないと考えてよろしいでしょうか。
 「話をそういう風に持って来られると、私も答え方によほど慎重にならざるを得ません。答え方次第では私がまるで自殺した人に同情しているかのような、あるいは、これからそういう手段に出る可能性のある人に口実を与えていることになりかねないからです。
 もちろん私にはそんなつもりは毛頭ありません。今のご質問でも、確かに結果的に見ればノイローゼ気味になって自殺するケースはありますが、そういう事態に至るまでの経過を正直に反省してみると、やはりそのスタートの時点において私がさきほどから言っている“責任からの逃避”の心理が働いていたのです。もしもその人が何かにつまずいた時点で“自分は間違っていた。やり直そう。そのためにどんな責めを受けても最後まで責任を全うしよう”と覚悟を決めていたら、不幸をつぼみのうちに摘み取ることが出来ていたはずです。
 ところが人間というのは、窮地に陥るとつい姑息な手段に出ようとするものです。それが事態を大きくしてしまうのです。そこで神経的に参ってしまって正常な判断力が失われていきます。ついにはノイローゼ気味となり、自分で自分が分からなくなります。問題はスタートの時点の心構えにあったのです。」  (『シルバーバーチの霊訓・9』 P208~P212 潮文社)  


● 大きな悩みを抱えて自殺まで考えている男性から投書があり、シルバーバーチ霊は自殺行為をどう観ているかを聞いてみてほしいとあった。投書が読み上げられるのを聞いてシルバーバーチはこう語った。
 「事態を改善するよりも悪化させるようなことは、いかなる魂に対してもお勧めするわけにはまいりません。自殺行為によって地上生活に終止符を打つようなことは絶対にすべきではありません。もしそのようなことをしたら、それ相当の代償を支払わねばならなくなります。それが自然の摂理なのです。地上の誰一人として、何かの手違いのためにその人が克服できないほどの障害に遭遇するようなことは絶対にありません。
 むしろ私は、その障害物はその人の性格と霊の発達と成長にとって必要だからこそ与えられているのですと申し上げたいのです。苦しいからといって地上生活にさよならをしても、その苦しみが消えるわけではありません。それは有り得ないことです。またそれは摂理に反することです。地上であろうと霊界であろうと、神の公正から逃れることはできません。なぜならば、公正は絶対不変であり、その裁定はそれぞれの魂の成長度に合わせて行われるからです。」
——(司会者)この方は現在の自分の置かれている状態が不当だとおっしゃりたいようです。
 「分かっております。地上の人間は時として物事を逆さまに観ていることがあります。きわめて不完全な知識でもって判断しようとされます。人間にも一定範囲の自由意志が許されており、それを行使していらっしゃいますが、誰一人として自然の摂理から逃れられる人はいません。
 物質の世界から霊の世界へ移ったからといって、それだけで魂に課せられた責任から逃れられるものではありません。それだけは明確に断言できます。」 (中略)
 ——いずれにせよ自殺行為が為にならないことだけは間違いないでしょう。
「むろんです。絶対に為(ため)になりません。地上生活を勝手に終わらせることが魂にプラスになったということは絶対にありません。」 (『シルバーバーチの霊訓・9』 P206~P208 潮文社)




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